第32話 空気

 翌日曜日。

 完全フリーの飛竜は、朝から自室で絵コンテを進めている。

 

 飛竜が動画制作を頑張る理由は単純明快だ。

 いずれ大きな成果を出して、利央との将来を築く上で障害となりそうな宗五郎を結果で黙らせるためである。

 最近彼の友好度を稼げているように思えるが、それは飛竜と利央が健全な友達付き合いだと宗五郎が思い込んでいるからであって、別に許しを得たわけじゃない。なので利央を任せてもいい、と思われるような男にならないといけないわけだ。


(最終目標に関しては、利央さんにもひとまず内緒)


 成し遂げるその時まではあくまで割り切りのまま。

 堂々と胸を張って想いを切り出せるように、まずは名実ともに充実させたい。


 しかしまだ見ぬ先々のために頑張り過ぎては息が詰まるので、休憩がてらラノベを読んだりしてリフレッシュを図る。


「――お昼、どうしますか?」


 そんな折、利央がドアを半分だけあけて顔を覗かせてきたことに気付く。

 時計を見るとまだ11時前だが、下準備を考えて早めに訊きに来たらしい。


誕生日きのうの残りってまだあるよな? 勿体ないしそれで大丈夫」

「いいんですか? 私が処理がてら1人でいただこうと思っていましたが」

「僕も食べるよ。利央さんの料理なら1日経っても旨いだろうし」

「やれやれ、残り物で良いだなんてお安い男性ですね」


 呆れたような口ぶりだが、表情は嬉しそうにしている。

 残り物を粗末にしない意思を示した飛竜に好ましい感情を抱いたのだろう。


「今は休憩中ですか?」

 

 利央はすぐには立ち去らず、室内に足を踏み入れてきた。

 キャミソールにホットパンツを合わせた格好で露出度はやや高めだ。そんな格好を見せてもいい、と思えるくらい、すっかり信用されているのだろう。


「根詰めてもしょうがないからな」

「良い心がけだと思います。そういえば」

「そういえば?」

「今更ですけど、飛竜くんってホントにぼっちだったんですね」

「……。……なんだよ急にその再認識じみた言葉は」

「だって誕生日に同級生が誰も来なかったじゃないですか。なので改めて思い知ったと言いましょうか」

「そりゃ……誰ともそういう関係築いてこなかったしな」

「なんで築いてこなかったんです?」


 どうやら興味があるらしい。

 飛竜としては面白い話が出来そうにないので弱った。


「なんでって、1人が好きなだけだよ」


 本当にただそれだけである。だから人間関係を築いていないという単純すぎる話だ。別にイジメられたりしているわけではないのは、学び舎がずっと一緒の利央なら分かっていることだろう。


「誰かに何かを合わせる必要がないし、全部自分のペースでやれるし、1人って最高。僕が思ってるのは、本当にただそれだけ」


 しかし利央に言わせれば、飛竜のそんな性格は贅沢に映るかもしれない。

 なんせ利央は自分の意思ではなく家柄の影響で、告白男子を除けば誰も寄り付いてこないのだ。

 地主というベールに包まれた若菜家のウラ側は、もう少し根深い存在である。

 直接的にそういう家柄ではないにせよ、この街を古くから取りまとめてきた影響は今もその価値を残している。


 だから利央にはおいそれと触れてはいけない。

 そういう空気があるからこそ、利央は孤高。

 飛竜と違って好き好んで1人なわけではないのだ。

 だから飛竜に思うところがあるんじゃないか、と気になる部分があり、


「利央さんは嫌悪したりしないのか? 友達作れるのに作らない僕のこと」


 と、意を決して訊いてみた。

 すると返ってきた反応としては、肩をすくめる、であった。


「嫌悪していたら、こんな風に接していません」

「そりゃそうか」

「むしろ逆に……1人が好きな飛竜くんこそ、セフレ契約や家出で頼ってくる私のこと、迷惑に感じていないんですか?」


 そう訊ねてきた利央の表情は、まさに神妙そのものと言えた。

 タブーに切り込むメディアのような。

 ともすれば怖がりなのに怖い話を聞きたがる幼子のような雰囲気。

 だから飛竜はそんな利央を安心させたくて首を横に振ってみせた。


「誤解して欲しくないのは、僕は1人が好きってだけで、他人が嫌いなわけじゃないってこと。僕にとって害がなくて良い影響がある人なら、全然一緒に居てもらっていいんだよ。ストライクゾーンは狭いつもりだけど」

「じゃあ飛竜くんは……私が良い影響をもたらすと思ってくれているんです?」

「そりゃそうさ」


 利央は実際良い影響しか与えてくれない存在で、飛竜からすればもはやかけがえのない相手だ。

 しかしそれを口に出すのが恥ずかしいので、遠回りに気持ちを伝えるしかない。


「利央さんはなんていうか、良い意味で空気なんだよ」

「空気、ですか?」

「周囲に在るのが自然で、むしろ無きゃ困るってこと」


 と言ってから(……あれ? なんか僕すごく気恥ずかしいこと言ってないか?)と思ったのもつかの間、その間接的なようでいて直接的な言葉を受けて利央が案の定顔を真っ赤にし始めていた。むすむす言いながらぽかぽか叩いてくる始末である。


「きゅ、急に何を言っているんですかあなたはまったくそんなクサいセリフをよく言えたものですねむすむすむすむすむすむす……っ」

「ご、ごめん……僕も変なこと言った自覚はある……」

「ふん、まあ別にいいですけどね……」


 そう言ってぽかぽかをやめた利央は、依然として照れた表情のままドアノブに手を掛けると、


「そのセリフ……私以外の女子には絶対言っちゃダメですから」


 と釘を刺しながら、飛竜の部屋をあとにしたのである。


(……言うわけないよ)


 空気という枠組みは1種類しか存在しない。

 すでに利央で埋められたその枠を、誰かに譲るつもりはないのだから。

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