第4話 お見舞い

「軽い熱中症だから、症状が快復するまで無理せず休むように」

「そうします……」


 この日の4時間目、飛竜は体育の持久走時に熱中症でダウンした。


 4時間目の途中から保健室を訪れており、昼休みに差し掛かった現在もベッドの上だ。


 養護教諭が先ほどランチに出掛けた結果、室内は無人。


 時折保健室内のウォータークーラー(下方の足踏み部分を踏むと水がぴゅーっと出るヤツ)で水分補給を行いつつも、食欲がないので、外のベンチでランチに耽る生徒を見ても羨む気持ちはなかった。


「――大丈夫ですか?」


 ベッドに再び寝転がったときだった。

 セフレの黒髪美少女・若菜利央が保健室を訪ねてきたのは。


「何しに……っていうのはさすがに愚問か」

「無論です。心配しに来た以外にあると思うんですか?」


 最近やたらと絡んでくる自称割り切りセフレは、やれやれと肩をすくめながら丸椅子をベッドの横に持ってくると、カーテンを閉めてから腰を下ろし始めていた。


 彼女の手には小ぶりなランチボックスが持たれている。

 もしかしたらここで食べるつもりなのかもしれない。


「で、大丈夫ですか? 多分熱中症になったんですよね?」

「その通り……まぁ重い症状ではないよ」

「良かったです」

「割り切りなのに心配するんだな」


 ありがたく思いつつも、そんな軽口を返してみる。


「僕の中ではもう、割り切りっていうワードがゲシュタルト崩壊しそうだ」

「勝手に崩壊しててください。割り切りは割り切りですが、それはそれとして心配しているというだけのことがそんなにおかしいものでしょうか?」

「でもこうやって見舞いに来て、変な噂でも立ったら……」

「カーテン閉めましたし大丈夫でしょう。それに以前にも言いましたが、私も孤立した存在なので校内の対人関係はどうでもいいです。変な噂? 上等ですよ」


 なんだかカッコいいことを言いながら、利央はランチボックスを開けていた。

 中身はサンドイッチである。


「……それって誰製?」


 飛竜はふと気になって問いかけた。


「もちろん私のお手製です」

「娯楽を禁じられてる割に、そういうのは作れる環境なんだな」

「まぁ、親が娯楽を禁じている理由が『将来なんの役にも立たない』ですから、逆に言うと将来役立つことに関してはある程度普通にやれるんですよ。料理は女性の嗜み、でしょう?」

「なるほどな……」

「食べますか?」

「あ、いや……熱中症の影響なのか、あんま腹減ってなくてさ」

「む……だったらむしろ無理やりにでも食べるべきでは?」


 そう言って利央はランチボックスを差し出してくる。


「熱中症なら塩分も摂るべきですから、食べ物で補いましょう。さあ、どれでもいいので選んでください」

「……いいのか?」

「悪かったら差し出してません」


 道理である。

 飛竜は上体を起こし、一応軽く腹を膨れさせるために、利央のランチボックスを改めて覗いた。

 普通のサンドイッチを半分にしたサイズ感のモノが10切れ以上詰め込まれている。

 種類は豊富で、オーソドックスなモノは一通り揃っていた。


「じゃあそうだな……たまごサンドをひと切れだけ」

「どうぞ」


 許可を得つつ、飛竜は早速たまごサンドをつまんで頬張ってみた。

 利央が少しドキドキしたような表情で見つめてくる。


「……ど、どうですか?」

「いやこれ……めちゃくちゃ旨い」


 利央のお手製料理を初めて食べたが、文句なしに美味しい。

 きっちりとした卵サンドだ。

 完全なペースト状ではなく、ゆで卵のスライスも入っているようなタイプ。

 なので味はもちろんのこと、食感込みで楽しめる。


「ふふんっ、そうでしょうね」


 褒められた利央が得意げに胸を張り始めていた。


「他の中身も美味しいですから、よければどうぞ。今日は多めに作りましたから」

「……なんで今日は多めに?」

「元から飛竜くんを誘うつもりだったからですけど?」


 なぜか半ギレだった。


「まったく……それなのにこんな辛気臭い場所で初めての手料理を捧げてしまうだなんて……タイミングが最悪です……」


 ブツブツと残念そう。

 半ギレの理由はどうやらそれのようだ。


「なんでランチに誘うつもりだったんだ……?」

「ですから、先日から何度も言っている通りもっと仲良くなりたいからです」

「……割り切りなのに?」

「はい、あくまで割り切りなので妙な勘違いは御法度ですが、飛竜くんがぼっちで可哀想なので仲良くしてあげようと思っているわけです」

「ぼっちなのは若菜さんもじゃないか」

「私はぼっちではなく孤高なんです」

「同じことだよ」

「いいえ、江戸川コナンと工藤新一くらい違います」

「やっぱり同じじゃないか」

「うるさいです。黙ってツナサンドでも食らってください」

「むぐ……」


 ツナサンドを口元に押し付けられて、そのまま頬張ってみるとこれまた美味。


「ふふん、餌付けして私から離れられなくしてあげますから、せいぜい覚悟しておくといいです」


(……割り切りってなんだっけ……)


 その後も楽しそうにサンドイッチを押し付けまくってくる利央を見ていると、やっぱり割り切りという言葉の定義が曖昧になってしまう。


 けれど、別にそれでいい。


 飛竜は結局グイグイ接されるのが助かる奥手くん。


 利央の方から迫られて困ることはないのである。


「明日も作ってきますから、明日こそはこんな辛気臭い場所以外で食べられるよう、元気にお昼を迎えてくれないと困りますからね?」


 どうやら明日もあるらしい。


 自分は恵まれている、と思いながら、飛竜は引き続きサンドイッチを堪能し、午後にはすっかり快復していたのである。

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