第5話 告白

「――なあ若菜さん、オレと付き合ってくんね?」


 とある放課後のことだ。

 

 この日の飛竜は委員会活動の影響で若干の居残りを強いられていた。

 

 よく分からない段ボールを持たされての運搬作業中。

 

 誰かの告白が聞こえてきたのは、校舎裏が見える廊下を通りかかったときである。


(……若菜さんだって?)


 あいている窓から聞こえてきたその名前。


 若菜と言えば利央の名字だ。


 気になって窓の外を眺めてみると、


(やっぱり……)


 男子生徒と向かい合う形で校舎裏に佇んでいたのは、セフレの黒髪美少女・若菜利央であった。

 

 そんな利央を呼び出したのは、どうやら校内でそこそこ評判の良いサッカー部3年のイケメン先輩の様子だ。


(若菜さん、どうするんだろ……)


 利央はアンタッチャブルな地主の娘ゆえに、避けられ気味で孤高だ。


 しかしそれはそれとしてモテるらしい。


 噂には聞いていたが、飛竜が実際にこういう現場を見るのは初めてのことである。


(ま……割り切りセフレの僕が気にすることじゃないけど)


 利央が誰と付き合おうと勝手だ。


 セフレの飛竜にそれを止める権利はない。


 しかし飛竜としては、利央には出来れば誰とも付き合って欲しくない気持ちがある。


 その気持ちが果たして好意の裏返しなのか、あるいは単なる肉欲の裏返しなのか。

 

 それはまだ自分でもよく分かっていない部分がある。


(行こう……仕事が残ってる)


 利央がどういう返事をするのか気になるが、飛竜は運搬作業を再開した。


 勤勉であることを優先したというよりは、利央の返事を聞くのが怖かったから逃げたという方が正しい。


 もし万が一にも利央がイケメン先輩にOKを出すようなら、その瞬間は絶対に見たくないモノだったのだ。


 立ち直れない気がして。


「あ――飛竜くんもまだ残っていたんですか」


 少しして荷物運びが終わった頃、昇降口で靴を履き替えていたら利央が歩み寄ってくることに気付いた。


 告白への対処を終えて、今から帰るところであるらしい。


(……断ったのかな)


 この感じだと恐らくそういう結末だったのかもしれない。

 

 しかし、ひとまずOKだけ出してきた可能性も捨てきれない。


「なあ……さっき告白されてたよな?」


 流れで一緒に帰り始めた中、飛竜は恐る恐る問いかけた。

 やはり気になるからだ。

 怖がりなのにホラー映画を観たがるような感覚である。


「はい、されましたね。見ていたんですか?」

「委員会の仕事中に偶然通りかかったときにな。別に結果とかは知らないが」

「気になりますか?」


 飛竜の考えを見透かしたようにこちらを覗き込んでくる利央。


「もしかしたら僕ちん見捨てられるのかもー、と泣きべそ掻いちゃいます?」

「別に掻かないけどさ……」

「ふーん、そうですか。ま、告白に関してはもちろん断ってきたという結末です」

「へえ……」


 平常心を装っているが、内心ガッツポーズの飛竜である。


「私が今一番気になっている異性は飛竜くんですから、他の有象無象はどうでもいいんです」

「い、一番気になる……? 僕のことが?」

「はい」

「……若菜さんは割り切りっていう言葉の意味、知ってる?」


 浮ついた心で軽口を叩いてみれば、利央はどこか茶目っ気のある笑みを浮かべ始める。


「言葉の意味、定義なんてモノは時代と共にうつろい、ともすれば個人間でのみ通じる内輪向けランゲージになることだって多々あります。私たちの割り切りは、私たちの間でのみ成り立つ特殊なモノとすればいいんじゃないでしょうか?」

「それはなんというか……屁理屈な気が」

「まぁそうですね。というかそもそもですけど、一番気になる異性というのはそれ以上でもそれ以下でもなく、そのままの意味なので変な勘違いは御法度ですよ?」


 そう言って飛竜の手を恋人繋ぎで絡め取り、やがて飛竜の自宅にたどり着けば他人には言えない秘め事を熱心にシてくれるのだから、その言葉を真に受けろというのは難しい。


「んっ……飛竜くんも……万が一告白されたときは断ってくれないとダメですからね……?」


 しかも馬乗りになってそんな束縛まで強いてくるのだから、


(……割り切りってなんだっけ……)


 飛竜が毎度のように小首を傾げるのは無理からぬことだった。


 しかし飛竜は当然ながら、そんな指示にあらがうつもりはつゆほどもないのである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る