第85話 そう来るか

「……利央さん、ほんとにヤるのか?」

「はい。優芽が持つ飛竜くんへの未練を吹っ切れさせるためですからね、仕方ありませんむすむす」


 2人のえっちを見せて、と優芽に言われたあと、飛竜と利央は仮眠室を訪れていた。

 飛竜が、というか利央が割とあっさり優芽のそんな要求に応じた格好。

 しかし優芽の要求を100%叶える形ではなく、事務所内にあった間仕切りパーテーションを用いて優芽には音だけを間近で堪能してもらうことになった。さすがに実際の行為を見せるのには抵抗があったからである。


 現状は、ベッドの横にパーテーションをセットし終えたところ。

 2人ともまだ脱いだりはしていない。

 優芽には一旦廊下で待機してもらっている。


「無論、飛竜くんが嫌ならやめてもいいですけどね」

「いや……フる申し訳なさがあるし、出来るだけ黄金井さんのお願いは聞いてあげたいって思ってる。だから乗り気ではあるよ。でも利央さんの方こそ、ホントは嫌だったりしない?」

「むしろ身内のそばで戯れられることに今から興奮しているというものです」

「……利央さんらしいな」


 正統派な見た目をしておきながら、実際にはちょっぴりえっちで時折スリルすら求めてくるのが利央という少女である。

 しかしそんなところも愛おしい、と飛竜は思うのだった。


「じゃあぼちぼち黄金井さんを呼ぼうか……」


 パーテーション越しのえっちで、優芽の未練を打ち砕く。

 優芽の好意に応えられないからこそ、せめて吹っ切れるための儀式には協力しなければならない。

 そんな使命感で、飛竜は廊下の優芽を仮眠室に呼び込んだ。


「――お姉様っ、秋吉くんっ、あたしを居ない者として扱って本気でヤって欲しいわっ」


 仮眠室に踏み込んでくるなり、優芽はそう言ってきた。


「2人の本気を肌身で感じたら、ああもう割り込む余地はないんだ、って理解して秋吉くんへの未練をきっと吹っ切ることが出来ると思うからっ」

「むふん、任せてください優芽。割り込む余地なんてないのだという事実を、嫌というほど教え込んで差し上げましょう」


 やる気満々の利央。


 かくして、コトが始まることになった――。



   ※side:優芽※



 その昔、病によって一度死の淵に立たされたからこそ、どんなことにでも「死ぬよりはマシだ」の精神で挑むことが出来る――それが優芽という少女だ。まして挑まないことが後悔に繋がるのなら、優芽はその物事に取りかかることを躊躇しないメンタリティーの持ち主である。

 

 優芽は秋吉飛竜に興味がある。STRを運営し、若きクリエイターとして活動する姿が青春の権化のようでカッコいい、と思っているからだ。

 入院生活で色々と抑制されていた優芽は青春というものに強い憧れがある。自分には成し得ない光景を見せてくれるかもしれない飛竜は、優芽にとって尊敬と憧れの対象であり、出来るだけお近付きになりたいと思うのは無理もないことだった。


 しかし残念ながら、飛竜には最初から利央という想い人が居たようで。

 

(なかなか上手く行かないもんだわ、人生)


 とは思いつつも、飛竜に余計な迷惑を掛けないために自分はここで吹っ切れておくのが道理だと思っている。

 元々玉砕覚悟だったのだから、ここで食い下がったらわがままになってしまう。

 しかしそのわがままを呈さずにいられるかどうかは、まだ分からない部分があった。

 

 優芽は今、仮眠室に設置されたパーテーションの裏に居る。

 パーテーションの向こうはベッドで、そこでは現状、飛竜と利央がいちゃついており、互いの衣服を脱がせ合うやり取りが聞こえてくる。


 飛竜への未練は、2人のえっちを耳にすることで粉砕する。

 2人の愛し合う様子を間近で感じ取れば、きっと未練は砕け散るはずだ。

 そんな目論見で、優芽は耳を澄ます。


「(飛竜くん……好きです♡)」

「(うん……僕だって)」


 そう言ってキスを交わす気配がし、脱いだ衣服がパーテーションの上部に次々と掛けられ出す様子を見ていると、優芽は悶々としてしまう。

 好きな人に何も出来ない悔しさにも似た感情と、それはそれとして単純なドキドキ。

 アブノーマルなシチュエーションが、優芽の感情を歪め始めていた。 


「(おや……もうこんなになっているんですね? 近くに優芽が居ることで興奮しています?)」

「(ど、どうなんだろう……)」


 そんな声と共に、飛竜の下着(ボクサーパンツ)がいよいよパーテーションの上部に掛けられてしまった。続いて利央の下着もである。

 つまり2人は今、このパーテーションの向こうですっぽんぽんなのだろう。

 普通に裸を見せ合える仲だということは、改めて本当にそういう関係なのだと思い知らされる気分だった。


 それから、ついばむようなキスの気配がまた伝わってきて、優芽はなんだか火照ってしまう。異性と付き合った経験すらない優芽にとって、パーテーションの向こうは未知過ぎる世界で、否応なしに変な想像が働いてドキドキが速まってゆく。


「んっ……♡」


 ほどなくして利央の気持ち良さそうな吐息が聞こえてくるようになった。

 果たしてこの形ばかりの壁の向こうは今どうなっているのか。

 断続的に木霊する吸い付くような音が、見えないはずの光景を掻き立ててくれる。


 やがて利央が「……次は私が攻めますね?」と言って、何かを口に含む気配が伝わってきた。

 優芽の悶々は加速するばかり。

 こんなことで未練は本当に砕け散るのだろうか?

 むしろ性的な興味が増幅さえしているように思える中で、パーテーションの向こうでは色々と激しさが増してゆく気配がして、濃密な男女の匂いが広まりつつあった。


 飛竜と利央のあいだにはもはや余計な会話などなく、行為そのものが好意を伝える対話のよう。

 やがてその対話は行き着くところまで行き着いたようで、ハンバーグのタネをこねくり回すような音が絶え間なく木霊し始めた。


 青春の猛り。

 優芽が手にしたい光景のひとつが薄壁の向こうにある。

 そんな気配をこれ以上なく感じ取れる特等席に居る優芽は、どうにかして邪な感情を抑え込もうとするが、


(あたしだって……)


 くすぶる種火が消えそうで消えてくれない。

 しかしその炎の色は別種に変わりつつあった。

 飛竜と付き合いたいという想いが、純粋な肉欲に上書きされていくような。

 

(……付き合えないなら、せめて)


 ひとつの決心が胸中をよぎる一方で、飛竜と利央の戯れがしばらく続くのだった。



   ※side:飛竜※



 コトが終わった。

 優芽に聞かれながら、というアブノーマルな状況だったが、戯れているうちに優芽の存在は意識の外に行っていた気がする。


 現状は利央が先に狭いシャワールームへと足を運んでおり、飛竜は仮眠室の窓を開けて換気のさなかにあった。


「すごかったわ……」


 パーテーションの裏には引き続き優芽が居る。

 あからさまに動揺というか、照れまくっているのが声で分かる。

 羞恥あふれる行為に耽っていたのは飛竜と利央なのに、彼女の方が気恥ずかしい感情に包まれているようだった。


「黄金井さん……吹っ切れた?」


 汗ばんだ身体をクールダウンさせながら訊ねる。

 吹っ切れていなければ困ってしまう中で、パーテーション裏の優芽は、


「……そうならなきゃいけなかったわ」

 

 妙な言い回しを返してきた。


「……そうならなきゃいけなかった?」

「うん……でもね、実際はお姉様と秋吉くんの戯れを間近で聞いて、悶々とする感情は膨れ上がるばかりだったの……」

「!? い、いや待つんだ黄金井さん……それはつまり未練が吹っ切れなかったってこと?」

「どうかしら……別に秋吉くんを独占したいとかそういう感情は一切ないの……そこに関してはまっさらになって、純粋な性的好奇心に塗り潰されたというか……」

「え」

「秋吉くんは……お姉様とは元々セフレの関係だったのよね? でもお姉様が恋人に昇格して……じゃあ今セフレの枠は空いているってことよね?」


 そう問いかけられた瞬間、優芽の言いたいことがなんとなく分かってしまった。


「い、いや待つんだ!」

「自分でもおかしなことを言おうとしていると思うわ……でも、あたしは自分にとって後悔しない言動を貫きたい……だから言うだけ言わせて欲しいの」


 どこか覚悟のこもった態度で、優芽は直後に案の定こう言ってきた。


「お願い秋吉くん。恋人じゃなくていいからあたしをセフレに――」

「――むすむすむすむす……っ!」


 そのときだった。

 タイミングが良いのか悪いのか、シャワーを終えた利央が、聞き捨てならないと言わんばかりにシュバッとバスタオル姿で戻ってきたのである。

 優芽の前で仁王立ちであり、これには優芽がひるんでいた。


「あ……お、お姉様……あたし……」

「ふん……飛竜くんとセフレになるつもりなら、せめてゴム有りとキス無しのふたつは絶対に守っていただきたいものですね、むすむす」

「ん……? ――せ、セフレ自体はいいのかよ!?」


 利央の思わぬ反応に、飛竜はワンテンポ遅れてツッコまざるを得ないのだった。


 ……果たして利央の真意やいかに。

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