第74話 牽制
「ふむ……ここが
「むすvsむんむーすより酷いかもしれない」
さて、飛竜たちSTRの面々は座敷童子が出るというその宿にやってきた。
座敷童子特集のショート再現VTRを撮影するために。
夕方に
よって利央と優芽は今が初見となる。
「はえー、市街地なのに随分と風流な宿だわ。お姉様の自宅、は言い過ぎだけど、その縮小版って趣きがあるわね」
優芽の言う通り、コンクリートジャングルの一角としては異質な、お座敷風の宿だ。過去に取り残されたような不気味さがある。
「本当に座敷童子が居るならぜひ会ってみたいものだわ。私、妖怪の中だと座敷童子が一番好きなの」
(……黄金井さん自身、容姿的な部分でシンパシーがあるんだろうか?)
そんな疑問を抱く飛竜の視界に映る優芽は、すでに衣装(わっぱ用浴衣)を着用済みで見た目がもう完全に座敷童子である。可愛らしさ満点なのは言うまでもなく、「ねえねえ秋吉くんは本物に会えると思う?」と上目遣いに顔を覗き込まれると、若干照れ臭い気分になってしまう。
「まぁ……撮影してオーブが映り込んでいたら会えた証かもな」
「ふんふんなるほどね。じゃあ撮影後の映像はオーブだらけなことを祈りたいものだわっ」
そう言って先んじて宿の正面玄関に足を踏み入れてゆく優芽。
一方で利央は、優芽のその背にジト目を向け始めていた。
「飛竜くんとの距離感が相変わらず近いですねむすむす……帰ったら座敷牢でこちょこちょの刑に……」
「やめなさい」
利央のヤキモチがあらぬ悲劇を生み出さぬよう、飛竜がガス抜きしないといけないのかもしれない。
そんなわけで密やかな口付けを交わして利央を満足させてから、飛竜も宿に突入。
主人に改めて挨拶を行い、撮影の舞台となるいわく付きの一室へと向かう。
「うわ……すごい空気感だわ」
「ふむ……確かに雰囲気がありますね」
飛竜が2人を連れて訪れたのは、座敷童子が住み着いているという畳張りの客室だ。座敷童子は宿全体に出るそうだが、この部屋はその中でも一番不可思議な現象が多発しており、主人曰く「あの子はこの部屋を自分の部屋だと思い込んでいるんだろうね」とのこと。
なのでこの部屋は神聖なモノとして扱われており、特別なことがない限り客用に開放することはないらしい。
そんな一室を、今回は1時間だけ撮影に使用させてもらえるわけだ。
(2人の反応通り、雰囲気がすごいんだよなこの部屋……)
ロケハン時にも体験済みだが、夏場なのに春か秋のように空気が冷たいのだ。冷房は入れていないらしいのだから、何か超常的な力が働いているのかもしれない。
とはいえ、恐れおののいてばかりもいられない。
「1時間しかないんだし、早速撮ろう」
言うが早いか飛竜はカメラを起動させる。
「黄金井さんは顔出しオッケー?」
「もちろんよ。私は自分が生きてるって記録をこの世に残したかったりするの」
病による死の淵を一度経験しているからこそ、優芽は己の存在を表舞台に刻み付けることをむしろ率先したいようだ。生きた証を残したい、という心理だろうか。
あどけない見た目ながら、毎度毎度行動原理が重い娘である。
「では今回撮影に携わらない私は部屋の外で待機していますので、何かあったら呼んでくださいね」
言いながら、利央はじーーーーーーーー、と優芽にジト目を向けていた。
飛竜と二人きりになることを不安視しての牽制だろうか。
しかしながら、こちらの関係性を知らない優芽は「お姉様もう眠いの? 目が据わっているわ」と妙な勘違いをしていた。
「むっ、別に眠いのではありませんっ。むすー! むすー!」
「よく分からないけどお姉様のむすむすランゲージがいつか英語ばりのグローバル言語になる日を期待しているわっ」
そんな日が来たらきっと世界は終わっていることだろう。
ともあれ、飛竜は気を取り直して優芽との撮影を始めることになった。
※
「……こういう感じで良かったかしら?」
「いや、もうちょい視線が欲しいかもしれない」
優芽を部屋の隅に三角座りさせて、そこにズームしていくようなカメラワークで再現VTRのテスト撮影を開始した飛竜は、優芽の映り方がちょっと気になり注文を付けたところである。
「三角座り中の足に顔をうずめるような感じでチラッと視線寄越すことって出来る? ちょっとダウナーに」
「えっと……じゃあこうかしら?」
「うん、バッチリ」
注文通りの体勢に改めてくれた優芽に親指を立てる。
薄気味悪さと可愛らしさが両立しており、10秒しかない尺で視聴者の興味を惹くという点においてこの絵面は悪くないと思う。
座敷童子のイメージを阻害することにもなっていないはずだ。
「じゃあ次本番行くから」
「分かったわ。……ふぅ、本物が見ているかもって思うと、緊張するわね。好きだからこそ、リスペクトを持って演じなきゃいけないし」
「そういえばなんで座敷童子が好きなんだ?」
怪異の中ではとびきりの善性なので嫌いになる要素がないのは分かるが、好きと言い切るのはそれはそれで不思議だ。
「自分と重なる部分があるかも、って思っているの。見た目じゃなくてね」
「……じゃあどういう部分が?」
「座敷童子って、そのルーツは『諸事情で間引かれた赤子たち』って知っているかしら?」
「あぁうん……そういう話は聞いたことがあるけど」
「かく言う私も、時代が時代なら間引かれたであろうほど生まれつき重い病を患っていたわ。今こうして日常を送れているのがおかしいくらいのね」
「……じゃあその点で座敷童子にシンパシーがあるってこと?」
「ええその通り。時代の違いで助かった私と、間引かれた座敷童子。すごく紙一重な巡り合わせよね。だから私は生きたくても生きられなかった座敷童子たちの分も前向きに頑張ろう、って思うのよ」
優芽が普段明るく快活に振る舞っているのは、そういう思いもあればこそ、なのかもしれない。
つくづく重たい娘だが、その性根の良さは本物なのだろう。
「そっか……ならその思いが伝われば、ここに棲んでる座敷童子も応えてくれたりしてな」
見た者や出会った者に幸運をもたらすと言われているのが座敷童子だ。
もし飛竜たちの映像に映り込んでくれたら、STRの活動が更に勢い付くかもしれない。
「(……むす……)」
廊下側のふすまがわずかに開き、警戒心全開のギョロ目がこちらを覗き込んできたのはそのときだった。
ヤキモチと不安のあまり室内の様子が気になってしょうがなかった様子の、現代妖怪むすーさんである。
「あ、お姉様どうかしたの?」
「なんでもないですむすむす……強いて伝えることがあるとすれば、時間に限りがあるんですから余計なお喋りはせずにお仕事しましょうね、ですむすむす」
ゴゴゴゴ……、と隠しきれない牽制のオーラ。
しかしそれがなんの牽制なのか理解していない優芽は、やはりケロッとした表情で頷いていた。
「確かにもう30分くらいしか居られないんだものねっ。じゃあ撮影を続けましょうよ秋吉くん!」
「お、おう……」
こうしてこのあと無事に撮影を完了させた飛竜だが、優芽と2人きりでコミュニケーションを取るたびにむすーさんの機嫌が損なわれるのだと思うと、若干胃がキリキリと痛まないでもないのだった。
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