第73話 うじゅーわらばー
「――来てくれて感謝するよ。さ、とりあえず座ってくれ」
午後4時。
飛竜たちが某ローカルテレビ局の支社を訪ねると、榊の出迎えがあった。どこかホッとした表情の彼に連れられ、こぢんまりとした会議室に通されている。
「可愛い子が1人増えているようだが、その子もSTRの仲間かい? だとしたら君は案外慕われやすいタラシなんだな。ま、人望は監督に必要不可欠な要素だ。羨ましい限りじゃないか」
人数分のお茶(ペットボトル)を用意しながら、榊が優芽を一瞥しつつそう言ってきた。一応褒められているのかもしれないが、榊からの世辞は若干気色悪く思える。
「うーん、おじさんに可愛いって言われても嬉しくないかも」
飛竜と一緒に多少褒められた優芽も、その言葉をにべもなく一刀両断していた。
「お、おじさん……? 俺まだ33なんだけどなぁ……」
いやオッサンじゃん、とこの場の誰もが思ったのはここだけの話である。
「それで結局、あんたの依頼ってなんなんだ?」
榊の嘆きに付き合うつもりはないので先を促す。
正面に腰を下ろしてきた榊は、仕切り直すようにコホンと咳払いをしつつ、
「言われずとも今から説明するさ……単刀直入に言うなら、簡単なホラードラマを撮って欲しいんだよ。君らへの依頼なんてそれしかないだろ」
「簡単なホラードラマ?」
「夏のローカルホラー番組内で用いる、いわゆる『再現VTR』を撮って欲しいのさ。題材は追って話す。ちなみに尺は10秒」
「……短すぎないか?」
「その手の特集だとよくあるだろう? スタジオのワイプと一緒に、ナレーション付きでいわくにまつわる色々な映像を流す説明パートが」
「あー……」
「ああいう説明パートで使うショート再現VTRだから尺は短くて仕方なし」
「……自前の撮影班を使わずに僕らを頼るのはなんでだ?」
「単純に人手不足で猫の手も借りたい状況なんだよ。とはいえ、君らのことはもちろん猫以上に買っているけども」
榊はそう言って肩をすくめてみせた。
「……確認だけど、今回は『グラドルのために僕らを踏み台にする』的な裏事情はないんだろうな?」
「ないない。外部のきちっとした撮影業者に頼むより安上がりで済むことをシメシメと思っているが、君らの望む報酬を出す予定なんだから別に文句はないはずだ」
「まあな……」
その辺の算段を素直に言ってくれる辺り、ひとまず信用していいのかもしれない。
「……で? 僕らに撮らせたい再現VTRの題材っていうのは?」
「座敷童子」
そう告げられた瞬間、飛竜はなんとなく優芽に視線を向けてしまった。
「沖縄風に言えば『うじゅーわらばー』らしいが、この近辺にそれが出る宿があるという話でね、そこを今回のローカルホラー番組で取り上げることになったんだ」
「へえ……」
「君らに撮って欲しいのは、今しがたも言った通り特集紹介時に流すおよそ10秒の再現VTR。その宿に泊まった若い観光客が偶然座敷童子に出くわした、というシチュエーション。その設定と尺さえ守ってくれれば、どう撮ってくれても構わない」
「なるほど……」
たったの10秒で座敷童子との遭遇を表現しろというのは、簡単なようで難しいことなのは間違いない。座敷童子は霊的な存在ではあるが悪性ではないので、恐怖を煽りすぎるのは少し違うはずであり、撮り方に工夫が要りそうだ。
飛竜はあごに手を当てながら質問する。
「……その撮影はどこですればいいんだ? その宿でロケ出来たり?」
「ああ、出来るようにしてある。今夜8時~9時の1時間だけ撮影の許可をいただいていてね、さっき砂浜で『午後4時までに来ないとこの話はなかったことに』と言ったのは、その1時間のタイムリミットに備えて君らを出来るだけ早く招集して事情の説明や準備をさせたかったからだ」
(段取りがいい……腐っても鯛か)
キー局の本社で映像制作のディレクターをやっていただけあって、やはり根回し的なマネジメント能力は高いのかもしれない。
そう考えていると、優芽がビシッと手を上げ始めていた。
「はいはいっ、質問! 依頼をこなしたお礼としてSTRのPR放映権って貰えたりしますかっ?」
「PR放映権か……まぁ例えば、朝のローカル番組に君らの誰かがちょろっと出演して、今回の依頼に関わるローカルホラー番組の番宣と一緒に自分たちのPRもしてもらう、くらいなら可能だと思う。君たちの滞在日程がよく分からないが、早い方がいいなら明日の朝にねじ込むことも出来なくはない」
(それは結構デカい扱いだな……)
ホラー番組内で軽く触れられて終わりかと思いきや、かなりガッツリPRさせてもらうことも出来るようだ。
とはいえ、飛竜は顔出ししたくない派の人間なので、そのPR活動に尻込みしてしまう部分がある。
そんな中、
「――えっ、テレビに出られるってこと!? はいはい出たい出たいっ! 私が代表でいいよねっ!?」
と、優芽が乗り気だった。
これなら優芽を頼りにして良さそうかもしれない。
「なら、それを報酬として話はまとまった、ってことでいいかい?」
榊の視線が飛竜を捉えてくる。
STRを大きく育てるためにも、首を横に振るという選択肢はないのであった。
※
「今回ばかりは私じゃなくて優芽が主演、ですかね?」
「あぁうん、利央さんには悪いけどそうしたいところだ。容姿的に適任だし、さっき座敷童子を演じたいかどうか本人に確認してみたらそれにも乗り気だったからさ」
話がまとまったあとはロケ地の宿を軽く
座敷童子役にふさわしいのは利央よりも優芽なので、今回の優芽には広報と主演の二刀流をやってもらうつもりだ。
ちなみにその優芽はと言えば、旅行の疲れもあってか夕飯まで仮眠を取るとのことで、この部屋には不在である。
「ま、優芽に諸々譲るのは仕方ありませんね。しかしその分、飛竜くんには今たっぷりと私を慰めていただきましょうかむすむす」
「が、頑張るよ……」
飛竜と利央は撮影の段取りについて話すだけでなく、実のところ肉体でもやり取りを交わしている。
主演を張らせられない分の補填。
オーシャンビューの窓辺で利央を後ろから責めている。
なんとも言えない征服感は、気を抜けば理性を奪われそうである。
「そういえば……飛竜くんは優芽のちんまいボディーの方が、んっ……好きなんじゃないですかむすむす」
「いや利央さんが一番だから……」
その言葉が偽りでないことを証明するかのように、飛竜は夕飯の時間ギリギリまで利央との肉体ランゲージを交わし合った。昼間にも愉しんだわけだが利央相手に精魂尽き果てることはなく、事後の利央はそれに満足げであった。
「むすむす、夕飯前なのに満腹にされちゃいましたね?」
その言葉が何を指しているのかは言わずもがなである。
意味深に下っ腹をさする利央はなまめかしいのひと言だ。
「ま、これでとりあえず今夜は優芽を優先して撮ることを許してあげましょう」
(セフレなのに、そんなことにも許しが要るという……)
本当に今更ながら、セフレとは一体なんなのか。
哲学じみた自問自答をしつつ、飛竜はやがて座敷童子が出るという宿へと出向くことになった。
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