第72話 どんな用?

「榊……あんたはこんなところで何してるんだ?」

「ひ、ひィっ……」


 昼下がりの砂浜。

 利央にインタビューと称して接近していた榊に対し、飛竜はその真意を確かめるために詰め寄っている。

 敬意はないので敬語は使わない。

 そんな中で榊は、やはり飛竜がトラウマの存在であるかのように怯えていた。


「……飛竜くん、この方とお知り合いなんですか?」


 一方で利央が、飛竜が戻ってきたことにホッとした様子を見せながら、榊について訊ねてくる。


「こないだSTRに踏み台のオファー寄越したディレクターが居ただろ? それがこいつ」

「む……」


 榊の正体を理解した利央が、あからさまに目付きを鋭くしてスマホを取り出し、


「……実は父さんと母さんの警護として若い衆が観光客に混ざっているんです。今から彼らにドラム缶とコンクリートを用意させますねむすむす」

「ごめん利央さん、さすがに事件の香りを立ちこめさせるのはNG」


 気持ちは嬉しいものの、さすがに自重してもらわねばならない。


「……左遷、って言ってたな?」


 気を取り直し、飛竜は榊に視線を戻しながら問いかけた。


「まさか本社勤務のディレクター様がドラマ頓挫の責任を取らされてローカル局に飛ばされた、とか?」

「くっ……あ、あぁそうだよ!」


 苦虫を噛み潰したような表情で榊は肯定してみせた。


「お、俺は君を怒らせた結果として多方面に迷惑を掛けることになったものでな……」

「ざまあない、としか」

「悔しいが、返す言葉もない……ローカルニュースで使う海水浴客のインタビュー素材撮影なんて、今更やらされるとはな……」


 仕事のグレードも下がった様子である。

 であれば転職もひとつの手だろうが、それでも局勤務に齧り付いているのはテレビの仕事が好きだから、なのかもしれない。


「ま……別に君たちと無駄にいがみ合うつもりはもうない……それはそうと、引き続きローカルニュースで使うインタビューに応じてもらってもいいかい?」

「いいえお断りします」


 利央が強気に拒否していた。


「私は飛竜くんのカメラにしか収まらないと決めていますので」

「あぁ……ひょっとして君がSTRの主演女優か……なるほど、義理堅い」


 意外にも利央の主張を尊重してくれたようで、榊はあっさりとカメラを構えるのをやめていた。

 ここまでの転落劇が堪えたがゆえの反省から来る素直さ、だろうか。

 だとしても、飛竜としてはそれに比例した甘さを見せるつもりはない。

 

「拒否られたんだから、さっさと立ち去って欲しいもんだ」

「そうするつもりだけど……ここで会ったのも何かの縁ということで、STRにひとつ頼みたいことがある」


 榊が真面目な顔でそう言ってきた。


「……僕らに頼み?」

「頼みというか、困っているから手を借りたいというか……もし興味があるなら、今日の夕方4時にここから程近いローカル局の支社に来て欲しい。詳細はそのときに話すよ。俺に出来る範囲で報酬を用意させてもらうけど、色々期限ありきの話なもんで君たちが4時までに来なかった場合この件はなかったことにさせてもらう」

「…………」

「俺に手を貸すのは癪な部分もあるだろうけど、出来れば来て欲しい。まだ甘い部分はあれど君の映像制作力はセンスを感じるし、それを見込んでの頼みだ。もし来てくれるなら、望む報酬を考えておくといい。繰り返しになるが、あくまで俺に実現可能な報酬を叶える形ではあるけども」


 じゃ、と榊は言い残すだけ言い残してこの場から立ち去っていった。

 その背が海水浴客の肉壁に阻まれて見えなくなったところで、飛竜は利央と顔を見合わせた。


「ふむ……頼みって一体なんでしょうね?」

「多分映像制作面での困り事なんだろうな」

「話、訊きに行ってみます?」

「気にはなるけど……僕らがここに居る理由を考えたら、その選択は難しい」


 飛竜は若菜夫妻の結婚記念日旅行の撮影係として沖縄を訪れているのだ。

 その予定を疎かにするような不義理は出来ない。


「そういえば父さんと母さんは結局どうして戻ってこないんです?」

「あ……えっとまぁ、その……」


 大変言いにくい状況だったわけだが、それを誤魔化してもしょうがないので、


「……ハッスルしてた」


 と素直に告げた。


「はあ、やれやれです……年甲斐もなく昼間から盛り上がっているとは。……ん?」


 そのとき、利央のスマホが着信を報せた。


「ふむ……母さんからのメッセージですね」

「なんて?」

「『旅行の撮影はひとまず終わりでいいわ♡ 母さんたちはリビドーが収まらないから♡』……だそうです」


 となると、奇しくも時間に余裕が生まれ、他の予定を組み込める空きが出来たことになる。


「榊の話……聞くだけ聞きに行ってみるか」


 もしまた舐め腐った頼みだったら即座に帰ればいいだけである。


「でも4時までまだ時間がありますね」

「ひとまず遊んどく?」

「そうしましょうむすむす」


 こうして利央と一緒に透明な海を堪能し始めた飛竜は、「むっすむっす」と遠泳する利央を尻目にぷかぷか仰向けで海面を漂いリラックスし、休憩がてらビーチに戻ったあとは利央から砂に埋められて股間の部分だけ山盛りにされた。


「――楽しそうなことをしているわねお姉様っ!」

 

 するとそんな折、座敷童子っぽい黒髪ぱっつん女子がこちらに駆け寄ってくることに気付いた。

 そう、利央の従姉妹にしてSTRの広報担当こと黄金井優芽である。自分の家族との観光優先で別行動中だったが、泊まる宿が同じなので合流に至ったようだ。


「おや、少し早めの合流ですね」

「親が疲れちゃったからホテルへのチェックインを早めたのよっ」


 そう語る優芽はワンピースタイプの黒い柄無し水着を着用中だった。

 背丈は平均程度でも色々とちんまい優芽なので、童顔も相まってセクシーさは欠けらもないがプリティーではある。

 そんな優芽が砂に埋められし飛竜の隣にしゃがみ込んでくる。


「こんにちは秋吉くんっ。私の水着姿はどうかしらっ?」


 玉砕上等精神で飛竜にアピールをかます、と宣言している優芽である。

 とはいえ、飛竜には好きな人が居ること、だから優芽になびくことはないであろうというその2点を承知してくれているので、飛竜と利央の仲を脅かす存在かと言えば違う。

 しかし一方で飛竜はそんな優芽をそんざいに扱うつもりはなく、

 

「あ、えっと……可愛いと思うぞ」


 と素直に告げた。

 すると優芽は「にひひ」と嬉しそうに笑い、一方で利央が「むす……っ」と危機感を覚えたように動揺していた。


「(ひ、飛竜くんはもしやちんまい方が好きなのでは……っ)」


 そんなことないぞ、と言ってあげたいところだが、この場で表立ったフォローをすれば優芽にこちらの関係性がバレかねない。

 フォローはあとでするとして、今は話題を逸らすしかなかった。


「あ、そうだ……実はこのあとローカルのテレビ局に行くんだけど、黄金井さんも一緒に来る?」

「えっ、どうしてテレビ局に?」

「STRに急遽依頼が入って、その詳細を聞きに行く感じ」


 そう告げると、優芽はキランと目を輝かせて「行くわ!」と宣言した。


「依頼ってことはお礼があるわよねっ? STRの広報としてはPR放映権をお礼として勝ち取りたいところだわっ! 沖縄ローカルとはいえもし宣伝させてもらえたらその影響力は計り知れないはずだものっ!」


 どうやら広報としてのやる気に満ちあふれているらしい。

 頼もしい限りであった。

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