第71話 発情、遭遇
「やはり沖縄の海は綺麗だ。地元の濁った海とはまったく違う。そう思わないか秋吉くんよ」
「あ、はい、思います」
海沿いの宿にチェックインを済ませた昼下がり、飛竜は宗五郎と一緒にビーチを訪れていた。
人が盛りだくさんの砂浜。
透明度の高い水面は、地元の海ではなかなかお目にかかれないモノだ。
ちなみに利央と紅葉はまだ出てきていない。
宿で水着への着替え中である。
飛竜はレンタルしたパラソルとシートを宗五郎と一緒にセッティング中だ。
設置場所はビーチの端の方。
宗五郎がそこを選んだからだ。
「実を言うと、私は紅葉をこういう場に連れてくるのがあまり好きではない。紅葉が他者の目を惹いてしまうのが気に障ってしまうのでな」
(あぁ、親父さんもそうなんだ……)
やはり好きな相手に妙な視線が降り注ぐのは耐えがたいらしい。
「秋吉くんもパートナーが出来れば分かると思う」
(……もう知ってます)
とは言えず、黙ってひっそりと同意するしかない。
「――お・ま・た・せ」
そんな折、紅葉の茶目っ気のある声が聞こえてきたので振り返ってみると、利央と一緒に歩み寄ってきたところだった。
2人とも前を閉じたパーカーを羽織っている。その下はもちろん水着だろう。
周囲にも水着女子が大勢居る影響で、相対的に露出は少なめの部類。
すれ違いざまに「お」と軽く食い付かれることはありつつも、2人はそれほど視線を集めることにはなっていなかった。
「どんな水着を着てきたんだ?」
パーカー姿の妻と娘に対して、宗五郎が問いかけていた。
紅葉は誘うように、
「うふふ、気になる? じゃあ脱がせてみてちょうだい♡」
と、宗五郎に迫っていた。
迫られた宗五郎は少し緊張感を持った面持ちで早速紅葉のチャックに手を掛け、じじじ、とパーカーの前面を開き始める。
そして――
「――なっ……!?」
飛竜の角度からはちょうど見えない中身を捉えた瞬間、動揺したように目を見開いていた。
「――なななななんだコレは紐ではないか……!!!」
(紐!?)
「うふふ♡」
「何がうふふだ即刻着替え直せ馬鹿者が……!!」
慌ててチャックを上げ直した宗五郎が紅葉の手を引いてズカズカと宿の方に歩き始めてしまう。対する紅葉は「やれやれ、独占欲が強いんだからうふふ♡」と楽しそうに笑いながら大人しく連れ去られてしまった。なんともまあ愉快な夫婦である。
「年甲斐もなくはしゃぎ過ぎなんですよ、まったく……」
呆れたようにひと息吐き出した利央が、そう言って飛竜に視線を向けてくる。
「ところで、私のパーカーの中身も気になりませんか?」
「……お馴染みのフリル付き黒ビキニじゃないのか?」
「さてどうでしょうね」
ニヤリと口の端をつり上げる利央であった。
ひょっとしたら違う水着なのかもしれない。
「父さんの目がなくなりましたし、脱がせたいなら脱がせてしまってもいいですよ?」
「まさか紐水着……?」
「私は母さんと違って淑女ですのでそれはありえないというものです」
「路地裏に男を誘い込むのに淑女……?」
「な、なんだっていいじゃありませんか。それより早く脱がせてくださいむすむす」
どうやら脱がされたいらしい。
ので、飛竜はひとまずチャックに指を掛けた。中身が気になるのは否定出来ない。
そんなわけで、じじじ、と利央のパーカーをご開帳。
直後あらわになったのは――、
「お……白」
そう、これまでのフリル付き黒ビキニとは正反対のフリル付き白ビキニであった。ただの色違いではなく、デザインからして別種だ。親御さんがびっくりしないレベルの露出度合いは守られており、年相応の可愛らしさを引き立ててくれている。
「これ……新しく買ったのか?」
「はい。今年は泳ぐ機会が多いですから、その都度飛竜くんに同じ水着を見せるのはなんだかイヤだったんです」
とのことで。
これまた飛竜を思っての行動であるらしい。
利央は本当にいつだって頭の中が飛竜でいっぱいのようだ。
「それで、どうでしょう? 似合ってますかね?」
「あ、うん……利央さんに似合わないモノはないけど、その中でも上位だと思う」
「むふふん、そうですかそうですか。むっすむっす」
利央は嬉しそうに鼻息を荒げていた。
「さてと、では被写体の2人が戻るまであちらの岩陰でイイコトでも――」
「利央さん、さすがに我慢しなさい」
「むす……」
こうして2人はパラソルの下に座って待機し始めた。
しかし、
「……遅いな」
10分ほど経っても2人が戻ってこないことを訝しむ。
「お袋さんが普通の水着を持ってなくて買いに行ってる……とか?」
「ふむ……それならそうと連絡が来るはずですけど、来てませんのでね」
「じゃあちょっと様子を見に行ってくるよ。利央さんはここで待っててくれ」
炎天下の往復は楽しいモノではない。
利央には引き続きパラソルの下で涼んでもらい、飛竜は足早に宿へと向かった。
ビーチの傍のホテル。
部屋の割り当ては宗五郎と紅葉が2人一緒のツインルーム、飛竜と利央がそれぞれシングルルームとなっている。
「――すみませーん、まだ着替え中ですかー?」
宗五郎と紅葉が泊まるツインルームの前で足を止めノックしてみるが……反応なし。
「何やってんだろ……」
お行儀が良くないのは承知の上で、飛竜はドアに耳を押し当ててみた。
中の様子をそれとなく確認するために。
すると――
「(――あぁんっ♡)」
(!?)
耳朶を打ったのはひとつの嬌声。
飛竜は動揺した。
(……なんてこった……紐水着のせいで盛り上がってしまった、ってコト……!?)
まだ枯れたわけではない年代。
むしろ円熟期。
こういった旅行ともなれば、そりゃこういうことになってもおかしくはないのかもしれない。
(ひとまず邪魔しないでおくか……)
せっかくの結婚記念日旅行。
2人がしたいことをしてくれればそれでいいと考え、飛竜は一旦利央のところへと戻り始めた。
そして――
(――っ)
砂浜を歩いているさなか、視線の先に見える利央が誰かに話しかけられていることに気付いて緊張が走った。
足早に近付いて様子を窺ってみると、
「――君可愛いね。芸能界にもなかなか居ないレヴェルだ。どうだろう? これからちょ~っとだけ番組のインタビューをさせて欲しいんだけども」
などと1人の男が利央に声を掛けているところだった。
その男は黒髪をツーブロックに刈り上げており、年齢は30代半ばほどだろうか。
彼の雰囲気をひと言で言い表すならば、陽キャ系営業マン。
そして飛竜は、その男に見覚えがあった。
「……榊?」
「へ……? ――う、うぎゃあああ俺をローカルに左遷させた元凶おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ……!?」
まるでトラウマの存在にでも遭遇したかのようにビクリと振り返ってきたその男は、何を隠そう先日飛竜が盛大に振ってやった某テレビ局の映像制作部門ディレクター・榊その人であった。
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