第70話 うふふ

「おー……デカいな」


 宗五郎の息を呑むような呟きは、巨大水槽内のジンベエザメを見上げてのモノだ。

 

 移動を挟んで訪れた有名な某水族館である。


 引き続きカメラを回す飛竜と、付き添いの利央、そして結婚記念日旅行の宗五郎&紅葉という顔ぶれで、旅路の撮影が続いている。


「水槽、もし割れたら怖いわね」

「大丈夫だ紅葉。何かあれば私が守ろう」

「あら素敵だわあなた。ちなみに守るなら利央と私どちらを優先するのかしら?」

「む……それは選べん。だが間違いなく私はお前のことを愛しているよ」

「あら私もよ♡」


 飛竜が捉えるレンズの向こうで、宗五郎と紅葉はひたすらにイチャついている。


(……強制的に砂糖水を飲まされているかのよう)


 将来義理の両親になるかもしれない2人の仲はだいぶ良好なようだ。

 非常にご馳走さまな光景。

 こうして公然とイチャつけるのは、飛竜に言わせれば凄いことである。


(……僕らはたとえ関係を公に出来るようになったとしても、人前じゃ恥ずかしがってこんなことは出来ないだろうな)

 

 公然とイチャついているのは別に宗五郎と紅葉に限った話ではない。

 この場を訪れているカップルは軒並み手を繋いでいた。

 自分たちの世界に入ってしまえば周りなど気にならない、ということだろうか。

 いつか自分も利央とそうなれたらいいなと思いながらも、表立ってそう出来るのはきっとまだ遠い。



   ※



「――秋吉くん、お昼は1時間ほど自由に過ごすといい。利央を連れて食べ歩きにでも出向いたらどうだね?」


 水族館の展示をあらかた見終わった時点で、時刻はややお昼を過ぎていた。

 宗五郎が栄一を1枚くれたので、言われるがまま利央と食べ歩きへと出向くことになった。

 水族館の中で食べる選択肢もあったが、午後からは近くのビーチで遊ぶ予定となっているので、先んじてそちらに出向く傍ら道を彩るキッチンカーを見て回る。


「ふむ……ポークたまごむすび、ですか」


 そんな中、利央が食い付くように足を止めたのはいわゆる「スパムおにぎり」のキッチンカーであった。

 スパムと卵焼きが具材として挟まれている分厚いおにぎり。

 シンプルながら美味しそうだ。


「心がむすむすしてきました。これにしましょう」


(どんな精神状態なんだか)


 むすむすの謎を求めてアマゾンの奥地へと向かいたい気分だが、そんな余力はないのでとりあえずスパムおにぎりを1個ずつ購入した。

 それから近くのベンチに腰掛け、早速頬張ってみる。


「あ、旨い」

「ふむ、美味しいですね。帰ったら私なりにアレンジして作ってみましょう」


 満足した表情の利央は「もちろん飛竜くんに食べていただきますので」と穏やかな視線を向けてくる。

 言わずもがな、飛竜はその言葉をありがたく思った。


「にしても、父さんと母さんばっかりイチャつくのはズルいと思いませんか?」


 利央は唐突にむすっと頬を膨らませてみせた。


「私たちはまだ関係を知られるわけにはいかないので表立って戯れることは出来ないと言いますのに、それに当て付けるかのようにイチャイチャと……」

「利央さん利央さん……まだ僕らはあくまで割り切りなんだからな?」


 なんだかもう隠れて付き合っているようなノリだったので一応忠告しておく。


「分かっていますが……飛竜くんが目の前に居るのに何も出来ない状況は悶々としてしまうんです」


 そう語る利央の表情は今すぐナニかを欲しているかのようだった。


「いや待つんだ利央さん……その目はやめよう。時と場所を考えてだな……」

「では路地裏へ行きましょうむすむす」

「……話聞いてた?」


 まだスパムおにぎりを食べている飛竜の手を引っ張って利央は立ち上がってしまった。

 慌てておにぎりを食べ尽くす飛竜をよそに、利央が向かった先は言葉通りの路地裏だった。

 ジメッとしていてひとけこそ無いが、いつ誰が来てもおかしくない場所である。

 だというのに利央は、


「さあ飛竜くん、据え膳をどうぞ」

「いやどうぞじゃないが……」

「――むすむすむすむすっ……! なんのために私が今日ワンピを着ていると思っているんですかっ? たくし上げるだけでお手軽にえっちなことが出来るからなんですけれどっ」

「JKがしていい思考じゃないよそれ! ……はあ」


 しかしこれが利央という少女であることは重々承知している。

 ストレス発散だのなんだの、そんなのは関係なしにそもそもえっちなのである。

 そして、そんなえっちな利央のことがどうしようもなく好きなので、


「……1回だけだからな?」


 と、簡単に折れてしまうのだった。


 飛竜自身、宗五郎と紅葉の姿にあてられていた部分がないとは言えない。


 だから一度吹っ切れてしまえば止まらなかった。


 たくし上げた白ワンピの内側は、夏場だからというのもあるのだろうが、肌着などを身に付けずにすぐ下着。

 純白の可愛らしいブラとショーツ。

 豊満な乳房が織り成す谷間に視線が惹かれてしまう。

 利央が妖しく微笑みながらワンピをたくし上げたままにしてくれるので、飛竜は早速と言わんばかりに胸の方に指を這わせていた。

 ブラが形を崩してしまわないよう、そっと優しく触りながら上にずらす。


「んっ……」


 利央が吐息を漏らす中あらわになった中身は、あまりにも綺麗な桜色を頂点とするたわわに実ったふたつの果実である。

 指を這わせれば瞬く間に埋没してゆくが、絶大なハリもあるので弾力性抜群で揉みごたえが凄い。


 沖縄まで来てナニやってんだという話ではありつつ、こんな状況ではもはや踏みとどまれない。


 やがて外気よりも煮えたぎった利央のぬくもりを味わい、飛竜がこのアブノーマルなシチュエーションを最大限に愉しんだのは当然のことと言えるのだった。



   ※



「――大満足です。むすむす」


 つるりん、という擬音が聞こえてきそうなほど、コトを済ませたあとの利央は肌がツヤツヤになっていた。

 

「いいからまずは服の乱れをだな……」


 この路地裏から離れるべく、飛竜は慌てて身なりを整えている。


「――うふふ」


 そんな中、なんだか不敵な笑い声が聞こえてきた。

 ハッとして振り返ると、和装美人じみた人影がシュバッと表通りの方に消えたのが分かった。


(!? い、今のはもしやお袋さん……まさか見られていた……?)


 ヤバい……、と一瞬思ったが、紅葉のことだから宗五郎に告げ口することはないはずである。これまで確証のなかった飛竜と利央の関係性をじかに見られたがゆえに、うふふと笑って満足したのだと思われる。


(まあいいか……)


 紅葉に見られただけならダメージは最小限。

 宗五郎にさえバレなければそれでいいのだ。

 が、


「――路地裏で何をしていたんだね?」


 表通りに戻ったところで、ちょうどそこには宗五郎が紅葉と一緒に佇んでいた。

 飛竜と利央の胸中に緊張が走る――ものの、


「――野生のマングースがこんな街中にたまたま居たから追っかけていたのよ。ね、2人とも」


 と、紅葉が助け船を出してくれた。

 やはり紅葉は敵に回ったりはしないらしい。

 それをありがたく思いながら、飛竜と利央はコクコクと頷いて助け船に同調した。


「ふむ、そうか……だが沖縄の生態系において、マングースは昨今諸事情で駆除され尽くしたと聞くがな」

「た、たまたま生き延びた個体だったのかと……」

「そういうこともあるか。まあいい。それよりだ。予約している宿にチェックインしてから、ぼちぼちビーチに出向くとしよう。撮影の再開をよろしく頼むよ」

 

 そう言って宗五郎が表通りを先んじて歩いてゆく。

 その背に続く紅葉が、こちらにだけ分かる形でひっそりとウインクを飛ばしてくる。


「(2人とも、あんまりオイタし過ぎちゃダメよ?)」


 という忠告付きで。


 言うに及ばず、飛竜と利央は再びコクコクと頷く他なかった。

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