第69話 ああなりたい
めんそーれ、の垂れ幕が下がる空港ロビー。
飛竜は翌朝、予定通り南の地に降り立っていた。
「さてさてあなた~、今年は無難に沖縄だけど、精一杯楽しみましょうか♪」
「無難で悪かったな」
そんなやり取りを行っている宗五郎・紅葉夫妻の結婚記念日旅行の撮影係として同行しているのが、飛竜の現状である。
「私、沖縄に来るのは初めてだったりします。むすvsむんむーすが見たいですね」
「原形ないな」
そして飛竜だけが2人に同行すると多少気まずいのを考慮して、利央も一緒に来ている状況だ。
ハブvsマングースが見たいらしい利央は、白ワンピに麦わら帽子を合わせた透明感あふれる格好をしている。
こんなシンプルな姿さえも似合うのが、利央の凄味だ。
ちなみに他の同行者は居ない。
帰省から帰ってきたどこぞの飲んだくれが付いてこようとしたが、行くなら自費になってしまうのが金欠の身ではキツかったらしい。
優芽は若菜夫妻の結婚記念日旅行と並行した沖縄家族旅行が元々組まれていたそうで、まずはそちらの家族旅行を優先し夕食の時間に合流予定となっている。
「ハブvsマングースが見られるかどうかは親父さんたち次第だな」
飛竜はあくまで撮影者。利央はそのお供である。
軽い自由時間は入れてくれるようだが、基本的には宗五郎と紅葉に張り付いて旅路の様子を撮っておかなければならない。
既にこの空港ロビーからカメラを回している。
見たいモノを見に行ける環境ではないのだ。
「でも利央さんは別に単独で動いても大丈夫だし、親父さんたちがハブvsマングースの方に行かなそうだったら利央さん1人で行ってくればいいよ」
「1人で観に行ってもつまらないので行かないです。飛竜くんと一緒がいいんです」
「……そっか」
そんな発言に照れ臭くなってしまう。
利央はいつだって飛竜を中心に物事を考えてくれている。
それはもちろん、とてつもなくありがたいことだ。
「さてと、では最初はどこに行こうか……」
「観光地が多くて迷うわねぇ」
一方で、宗五郎と紅葉がパンフレットを開き、最初の目的地を決めようとしていた。
(……今日一泊だけの旅行らしいのに、宿泊先以外は現地でスケジュールを立てるというライブ感)
なんとも非効率的だが、筋道を立て過ぎた旅行は面白みに欠けることもある。
宗五郎と紅葉はライブ感重視の旅行が好きなのだろう。
「よし、ひとまず水族館にでも行くか。移動に少し時間が掛かりそうだが、まだ朝早いしなんとでもなる。水族館の近くにはビーチもあるようだから、見終わったあとに泳ぐのもアリだな」
「タクシーで行く?」
「そうしよう」
そう言って宗五郎と紅葉がタクシー乗り場に向かい始めたのはいいとして、2人がごく自然に手を繋いでいるのが、
(……夫婦って感じだ)
と思った。
飛竜はまだ利央とそんな感じで手を繋いだりは出来ない。
繋ぐにしても意識してしまい、顔から火を噴きそうになる。
(……羨ましい)
インテリヤ○ザのような宗五郎も、紅葉と接するときばかりは顔が穏やかだ。
紅葉とくっつくために先代に婿として認めてもらえるように足掻いたらしいのだから、その末に手に入れた現環境はきっと満足の行くモノなのだろう。
「子供としては、ああやって年甲斐もなく手を繋ぐのやめて欲しいんですがね」
同じ光景を眺めている利央がむすっとそう言った。
しかしそんな言葉とは裏腹に、その瞳には飛竜と同じようにそれを羨む色が込められて見える。
だから飛竜は、勇気を出してそっと利央の手を握ってみた。
「飛竜くん……」
「親父さんが振り向きそうになったら離すから……」
リスクと隣り合わせだが、好きな相手の内心を汲み取ってこれくらいやれないようじゃ男が廃る気がした。
「ふふ……ありがとうございます」
嬉しそうに笑う利央をよそに――
「――おい2人とも早く来ないか」
と宗五郎が早くも振り返ってきたので2人はシュバッと離れることになった。
「……ん? お前たち、なんだか今くっついてなかったか?」
「そ、そんなはずがありません。ぴゅふー、ぴゅふー」
「そうか……ならいいのだが」
利央がお馴染みの口笛で誤魔化してくれているそんな中、飛竜は口から心臓が飛び出しそうになっていた。
(はあ……あぶねえ)
そんなこんなで、ハラハラドキドキの結婚記念日旅行の撮影が、こうして幕を開けることになるのだった。
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