第75話 やることはやった

「これが頼まれてた撮影データだ」

「よし、ひとまずご苦労だった」


 座敷童子が出る宿での撮影後、少し時間が経過した午後10時過ぎ。

 飛竜は1人でローカルテレビ局の支社に足を運び、今回の撮影データ(SDカード)を残業中の榊に直接手渡していた。

 データをメール等で渡しても良かったが、報酬の件などを誤魔化されないよう、改めてじかに会って話を詰めておきたかったのだ。


「PRの件、忘れてないだろうな?」

「忘れちゃいないが、一旦データの中身を確認させてもらう。報酬というのは成果への対価であって、すなわち成果がきちんと成されていなければ、そもそもそれを与えることは出来ないわけだ」

「まあな」


 言っていることに間違いはないので、飛竜は成果の確認作業を見守ることにした。


「!」


 そんな中、自前のノートPCで早速映像をチェックし始めた榊が驚いたように顔を上げる。


「おいおい……」

「なんだよ」

「……もう編集されてるじゃないか」

「そこに驚くのかよ」

「このスピード感だから、てっきり撮影した素材だけ投げ渡されたもんだとばかり……」

「そんなことするかよ。責任は果たすさ」


 一度ホテルに戻り、以前利央から誕生日プレゼントとして貰ったタブレットを活用して編集済みである。普段はPCで作業しているが、旅先なのでそうした。


「たった10秒の尺だし、サクッとやったんだ」

「君は仕事が出来るヤツだな……たった10秒尺の映像とはいえ、この作業スピードは並大抵じゃない。とろいヤツはこの程度の動画に2日や3日も掛けたりするもんさ……」


 榊が愚痴まじりに感心していた。


「……映像のクオリティーも悪くないが、ひとつ気になる点がある。この光の玉はなんだ?」


 榊がふと指差したのは、画面の隅に一瞬だけ映る蛍の光じみた何かだ。


「もしかしたらかもしれないと思って、編集で消さずに残しておいたんだよ」


 飛竜はそう答えた。


「座敷童子がオーブとして映り込むのは有名な話だろ?」

「なるほど……ならこの映像自体を番組内のネタに出来るし悪くないな。よし、これはこのまま使わせてもらおう」


 榊はそう言って動画をもう1周見直すと、満足そうに「OK」と呟いてチェックを終わらせていた。


「文句なしだ。急な依頼を無事にこなしてくれたんだから、やはり君に託して正解だったよ。感謝させてくれ」


 そんな言葉と同時に右手を差し出される。

 依頼達成を祝しての握手だろうか。

 飛竜はその右手をどう扱おうか迷った末に、普通に握り返すことにした。

 榊への印象はいけ好かない領域を維持しているが、それはそれとしてビジネスチャンスを用意してくれたクライアントでもある。

 本気で上を目指しているからこそ、飛竜はそこを割り切ってコミュニケーションを図る。


「こちらこそ」

「へえ……差し出しておいてなんだが、普通に握り返してくれるんだな」

「それがビジネスなんだろうし」

「違いない。……俺に褒められても嬉しくないかもしれないが、やはり君は近い将来もっと上に行く人間だろうな。肝の据わり方がいい。映像センスもある。幾つもの映像制作に関わってきた俺が言うんだから間違いない。――ところで」


 握手を解消しながら、榊は気を取り直したように言葉を続けてくる。


「君らへの報酬に関してだが、STRのPRとして明日の朝のローカル番組に出演すること、でいいんだな?」

「ああ、それでいい。出演するのは座敷童子を演じた僕らの広報だ」

「分かった。左遷の身だがこれでも権限は上の部類でね、ホラー番組の番宣ついでにねじ込んでおくよ。だから明日の朝8時までにここに集合すること。遅刻は厳禁だ」

「了解」


 こうして飛竜自身に課せられた榊からのミッションはひとまず終了となり、明日に備えてホテルへと戻ることになった。

 あとは明日のPRの結果、STRのチャンネルがどう伸びるか、である。

 現状のチャンネル登録者数は5万人に届きそうで届かない感じだ。

 先日4万人を前に足踏みしていたが、今度は5万人の壁。

 沖縄民の力を借りてどうにか5万人を突破出来たら最高と言える。


(そういえば……結婚記念日旅行の撮影は中途半端に終わって良かったのやら)


 ホテルに帰るさなか、ふとそう思うのは無理からぬことだった。

 飛竜が今回沖縄に居るのはその撮影がメインだったわけで。


(……ん?)


 そう考えていた矢先、日中に比べればすっかりひとけのなくなったホテル前のビーチが見えてきた。

 月明かりのみが光源のそんな薄闇の中に、宗五郎が1人佇んでいることに気付く。


「……何してるんですか?」


 気になって声を掛けてみると、


「ん? ……あぁ、秋吉くんか。一仕事してきたようだな」


 どこか聡明な表情の宗五郎がこちらを振り返ってきた。


「何をしているのかと聞かれたら、ただ夜風を浴びているとしか言えない」

「なるほど……ところで、旅行の撮影が中途半端に終わったのは良かったんですか?」


 ちょうどいいので本人に訊ねてみると、宗五郎は「いいんだ」と首肯してみせた。

 

「恥ずかしながら、紅葉と旅行に来ると毎度なってしまってな……私たちにとって旅先のハッスルは一種の様式美であって、前任のカメラ屋にも撮影がああして中途半端に終わることを毎度苦笑されていたものだ」


(そんな様式美があってたまるか)


 思わず胸中でツッコむ飛竜だが、旅行でテンションが上がってお盛んになってしまうのは分からないでもないのでひとまず納得しておく。


「にしても、紅葉の部分を利央が受け継いでいないことを祈りたいものだ。まぁ、あの子は箱入りで育てたがゆえに、淫猥さの欠けらもない清楚さに満ちているのは見ての通りだがね」

「はは……」


 世の中には知らない方がいいこともある。

 飛竜は密かにそう思う他なかった。


「ともあれ、心配せずとも撮影の報酬事務所は帰ったらきちんと用意するから安心するといい」

「え……ただ同行しただけ、って感じなのに申し訳ないですよ」

「気にすることはないさ。一度提示した礼はきっちり果たすのが仁義であり恩義というモノだ」


 宗五郎が仁義だの恩義だの言うと洒落になってない感じが増すのはなぜだろう🙄


「それに今回は、秋吉くんの付き添いとして利央を旅行に誘えたのが良かったと思っている。これまでは普通の家族旅行に出掛ける機会すらなかったのでな、ようやく家族じみたことが出来たのは一歩前進と言えよう。そのきっかけをくれた秋吉くんには、改めて感謝したい」


 宗五郎はそう言うと、しかしむすっと顔をしかめさせ、


「だが、調子に乗って利央に手を出せば……分かっているね?」

「も、もちろんです……」


 毎度おなじみの手遅れなやり取りが交わされる中、飛竜のスマホに【むすむすむすむすむす……っ!】という利央からのメッセージが届いたことに気付く。

 むす語の解読は難しいものの、恐らく『寝る前に抱いてください!』と催促してきているのだと思う。

 飛竜はやれやれと思いながらも、それを無視するつもりはなく、


「えっと、じゃあ……僕はこれで」

「うむ。今日は疲れただろうし、ゆっくり休むといい」


(これからもうひと仕事あるんですけどね……)


 と考えつつ、飛竜は利央の部屋を訪ねて寝る前に英気(意味深)を養い、翌日のPRに備えたのである――。

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