第76話 旅の終わり

「――はじめましてっ。動画制作集団ショートシアターズルームですっ」


 翌朝。

 幾つものカメラが稼働中のスタジオで、座敷童子メイクの優芽が元気いっぱいに自らの紹介を始めている。

 飛竜は固唾を呑んでその様子を見守っていた。スタジオセット手前の薄暗いフロアでのことだ。


 そう。

 この状況は言うまでもなく、榊の依頼を完遂した報酬としてのPR活動。


 夏休み特番ということで、この日は普段やらないような朝のローカル生放送がこの局では組まれており、優芽は現在それに出演中なのだ。榊がきっちりとねじ込んでくれた形である。


「黄金井さん、物怖じしてないな」


 緊張した様子もなく、優芽は打ち合わせ通りに出演者とのやり取りをこなし、ローカルホラー番組の番宣も合わせて行っている。大したメンタルと言えよう。


「優芽に言わせれば、死ぬより怖いことはないんだそうです」


 一緒に見学中の利央がそう呟く。


「たとえこういうことで失敗したって、別に死ぬわけじゃないでしょ? というメンタリティーなんですよ、優芽は」

「強いなぁ」


 失敗をまったく恐れていないらしい。

 病魔に死の淵まで追いやられたからこそ、そのときの恐怖に比べればすべてが生ぬるく思えているのかもしれない。

 ある意味、無敵の人なのだろう。


「――短い時間でしたけどありがとうございました! STRのチャンネルも是非観に来てください! 登録お待ちしてま~す!」


 やがてそんな言葉を言い残し、優芽がカメラからフェードアウトした。


「ふぅっ、やってやったわ!」

「お疲れ。最高だったよ」


 こちらに戻ってきた優芽に対し、飛竜は利央と一緒に拍手で迎え入れる。


「優芽、お疲れ様でした。あとはこの宣伝がチャンネルにどう影響してくれるか、ですね」


 利央の言う通り、反響が気になるところだ。


 ひとまずスタジオ内の榊に別れを告げて、優芽の着替えを済ませたあと、飛竜たちはローカル局をあとにした。

 榊との関係はひとまずこれで終わりだろうか。

 あるいは、しぶとく本社に戻ってくることがあれば、また何か繋がることもあるのかもしれない。



    ※



「――わっ、見てよほらっ。5万人を超えているわ!」

「成果が出ましたね」


 飛竜たちはその後、お昼前には沖縄を離れ始めていた。

 帰路の飛行機内では、3人仲良く同じシートに座っている。

 

 真ん中に挟まれている飛竜は、名前負けする形で空の航行感覚が苦手なので(墜ちたらほぼ助からないから)、ダウナーな気分で両隣の騒ぎを眺めている。


「……5万超えたって?」

「はい、ほら見てくださいよ」


 利央がスマホを見せてくる。

 そこに映るSTRのチャンネル登録者数は確かに5万を超えていた。


「ホントだ……早速沖縄民がきちんと観に来てくれたんだな」


 リアルタイムでカウンターの数字がぐるぐると上がり続けている。

 

 ショートフィルム第一弾のコメント欄を新着順でチェックしてみると【今朝の放送から来ました!】的なコメントが散見された。


「ふふんっ、エゴサしてみると『広報の座敷童子ちゃん可愛い!』みたいなことが書かれていたりもするわ。これは私の宣伝がバッチリ効いてくれたみたいね!」


 優芽が誇らしげにちんまい胸を張っていた。


「ねえ秋吉くん、そんなわけで」

「え?」

「ちょっとくらい、私にご褒美があってもいいんじゃないかしら? って思うのだけど」

「あ……うん、それはな。僕に出来る範囲でなら何かあげたいところだ」


 メンバーの士気を保つのが監督兼チャンネル運営責任者の仕事だろう。

 優芽単体へのご褒美は用意しなければならないはずである。


「ホントに? じゃあキスなんてどうかしら?」

「!? い、いやそれは……」


 とんでもない要求にたじろいだ飛竜をよそに、


「……むす……」


 利央が牽制のオーラを放出し始めている。


「お姉様、どうかしたの? 目付きが命を刈り取る形になっているわ」

「いいですか、優芽……若菜家の親類として、あなたは異性にはしたない要求をするべきではないんですむすむす……淑女の心を忘れてはいけないんですむすむす……」


 どの口が言っているんだという話だが、利央としてはそう釘を刺すしかないのだろう。


「まぁ確かにね。じゃあ秋吉くんに託すわ」

「ん? ……託すっていうのは?」

「秋吉くんがこれくらいならしてやってもいいか、って思える健全な触れ合いを今私にしてちょうだいな。それをご褒美として受け取っておくわ」


(難解……)


 とはいえ、優芽へのご褒美を疎かにするわけにはいかないので真剣に考える。

 その末に――


「えっと……じゃあこんな感じで」


 飛竜は優芽の黒髪ぱっつんヘッドを優しく撫で始めた。

 これでいいのかは分からないが、優芽が求めていそうなコミュニケーションの中でやれそうなのはこれくらいしか思い付かなかったのである。


「にひひ、満足だわ」


 人懐っこい猫のようにくしゃっと笑いながら優芽はご満悦のようだった。

 一方で、


「優芽……帰ったら座敷牢ですむすむす」


(やれやれ……)


 利央がヤキモチ工場をフル回転させているようなので、これは帰ったら飛竜が精一杯フォローしないといけなさそうである。


(まぁでも……沖縄での出来事自体は諸々良かったか)


 榊からの急な依頼をこなして知名度を多少上げられたし、帰ったら宗五郎から事務所まで貰えるわけで文句なしだ。


 こうして飛竜の沖縄弾丸旅行は終わりを迎え、舞台は再び地元へと戻ることになるのだった。

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