第48話 見せたくない姿

 お前、今年の夏は若菜利央の水着を選ぶ立場だぞ?


 今年の3月辺りの自分にそう教えたら、妄想も大概にしろと言い返されるのは間違いない。


「――さて飛竜くん、どんな水着がよろしいですか?」


 こうして利央と一緒にちょっと遠くのショッピングモールを訪れ、水着売り場のテナントを目指している自分という絵面は、春先からは考えられないくらい異質なモノと言える。

 しかし利央との日常はすっかり当たり前となった。

 この贅沢な立場を守れる自分で在りたい。

 そんな風に考えながら、飛竜はやがて水着売り場の入り口で足を止めた。


「この時点でどれがいいか訊かれても迷うな」


 水着の種類が豊富すぎて、まずは物色するところから始めないといけない。


「一応言っておきますと、私は飛竜くんが望むならどんな水着でも着ますので」


 なんとも大胆すぎる発言だった。

 恐らく冗談ではなく本気で言っている。

 しかし飛竜としては際どい水着を選ぶつもりはハナからなかった。

 遊泳時に周囲の下卑た眼差しの餌食にさせたくはないからだ。


(かといって地味すぎる水着でいいかと言うとそれも違う気がする)


 なかなか難しいチョイスになりそうだと考えつつ、飛竜は早速店内を回り始めた。


「そういえば……親父さんはショートフィルムの感想、なんか言ってた?」


 ハンガーラックに手を伸ばし、あーでもないこーでもないと悩む中、飛竜はふとそんな質問を利央に投げていた。

 宗五郎も昨晩ショートフィルム第一弾をチェックしてくれたはずなので、どういう感想を持ったのか気になるのだ。

 題材が題材なので、反感を持たれてなければいいが。


「父なら絶賛してましたね」

「……ホントか?」

「はい。利央可愛い、演技すごい、これは主演女優賞モノだな、と」


(親バカ……)


 利央が出ていればなんでも褒めそうな勢いである。


「それと同時に、自分を戒めてもいましたね。一歩間違えれば我が家でこうした惨劇が起こっていた可能性もある。改めて済まんな、と言われました」

「おー、そっか」


 やはり宗五郎はきちんと変わりつつあるようだ。

 良いことである。


「ちなみに話は変わりますが、動画の再生数が朝からの数時間でもう20000を超えたみたいですね」

「マジ……?」

「はい。軽くバズっているようなので、これは更なる伸びを期待出来るんじゃないでしょうか」


 スマホを眺めながらそう呟く利央。

 飛竜も少し確認してみると、再生数の伸びは当然として登録者数もすでに1000人を超えており、収益化への壁がひとつ取り払われていた。

 コメント欄も相変わらず好意的な意見と考察で溢れている。


「努力が報われてますね」

「ああ……やってきたことは間違ってなかったんだ」


 店長がブーストを掛けてくれたとはいえ、モノが悪ければそもそも伸びない。

 伸びるということは、この動画が良いモノだと思われている証だ。


 しかしこの動画は始まりでありゴールではない。この状況に満足してしまわないように気を引き締めていきたいところである。


 でもしばらくはバカンスモード。

 そして今は水着選び。

 というわけで、


「僕的にはこれが良いかなって思ったんだけど」


 雑談しつつも水着をきちんと物色していた飛竜は、フリル付きの黒いビキニを手に取った。

 大人びたシックさと、露出の少ないキュートさを両立する代物だ。

 利央は「ふむ」とそのフリル付き黒ビキニをためつすがめつ眺めている。


「悪くないと思いますが、たとえばコッチのこういうのじゃなくていいんです?」


 そう言って利央が見せてきたのは、かろうじて水着のテイを成しているヒモだった。


「……そんなのどっから」

「そこにありました」

「なんちゅうモン置いてんだこの店……」

「試着だけしましょうか?」

「いいから返してきなさい」


 飛竜は利央に下品さは求めていない。

 本能でぶつかるときは例外としてだ。


「ふむ。では母さんに買って帰りますか」

「買ってってどうすんのさ」

「妹か弟が生まれるかもしれません」

「変なこと言ってないでコレの試着しようか」


 ヒモ水着を取り上げて、飛竜は利央にフリル付き黒ビキニを押し付けた。


「ふむ、しょうがないですね。では着替えてきます」


 そう言って利央が試着室に向かった一方で――、


「あ、弟くんだ」


 偶然にも、梓紗の元バンドメンバーの1人と遭遇した。

 訊けば、1人で買い物をしている最中だとか。


「一緒に行動しますか?」

「え、いや、遠慮しとく……利央ちゃんと一緒なんでしょ? ほら、あの子すごい目でこっち見てるし」


(……ん?)


 彼女の言葉を受けて背後の試着室を振り返ったところ――


「――むすむすむすむすむすむすむすむすむすむすむすむす……」


 カーテンから顔だけ出している利央が、呪詛のようにむすむすを垂れ流していたのである。



   ※



「――女子と行動中に他の女子を誘おうとするだなんてありえません」

 

 さて、お叱りを受けながら試着姿をチェックし始めている。

 もちろん元バンドメンバーのお姉様とはお別れ済みだ。


「わ、悪かったよ」

「ではきちんと感想くださいね?」


 そう言ってむすっと胸を張る利央はもちろん黒ビキニ姿だ。

 豊満な胸に押し上げられたフリル付きのトップスと、すらりと長い脚の付け根を覆い隠すこれまたフリル付きのボトムスである。

 上も下もフリルだが、デザインが子供っぽくはないので充分大人びて見える。

 それでいて利央の可愛らしさも引き立てる良いアクセントとなっていた。


「似合ってて悪くないんじゃないか?」

「ふむ……それだけですか?」


 じーーーー、と据わった眼差しが飛竜を捉えて離してくれない。

 どうやら「もっと良い感想を寄越せ」ということらしい。


「えっと……出来れば誰にも見せたくないくらい可愛いと思う」


 利央の容姿と合わせて、遊泳していれば絶対に目を惹くであろう姿だ。

 飛竜としては、先ほども考えた通り変な視線を利央に集めたくはないので、誰にも見せたくないというのは飛竜の中で最上級の褒め言葉と言える。


「ふーん、なるほど、そうですか」


 そして利央は満更でもなさそうにニマニマし始めていた。

 どうやらクリーンヒットしてくれたようである。


「やれやれです、セフレに独占欲をぶつけてくるだなんて、飛竜くんはナンセンスと言えますね。むすむす」

「そんなこと言いつつニヤけてるのはどこの誰なんですかね?」

「に、ニヤけてなんていません……これは突発性破顔症候群の発作ですのでね」


 架空の病気で照れ隠し。

 やれやれと言いたいのは飛竜の方だったが、不機嫌になられても困るので余計な指摘はせず、もう一度だけ「とにかく似合ってるよ」と伝えた。


「そうですか……ではもうコレに決めてしまおうと思います」


 そう言って利央は嬉しそうに微笑んでいた。

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