第47話 バカンスモード

「――むふん、案の定でしたね? 100再生なんてひと晩で超えられるに決まっているんです。むすむす」


 さて、一夜でまさかの10000再生オーバーという結果を目の当たりにしたその日の午前、秋吉家には利央が来訪中だ。自分の予想が当たったためか、不遜げに胸を張りながら口元をωのようにしている。


「登録者数もすでに1000近いじゃん。ひーくんすご~♡」


 当然のように梓紗ブラコンも居る。朝っぱらから芋焼酎を飲んでいてイヤになるが、それは利央が手土産として持ってきた若菜酒造の代物だ。ブラコンが牙を剥かないように手綱として飲ませているので、一応の安全策と言える。


「どっかで拡散でもされてんのかね……」


 ブラコンはひとまず置いといて、飛竜は思案顔だ。いきなり再生数が回っているのは嬉しいものの、それを疑問視している。


 再生数はジワジワと伸び続けており、今は11000を超えたところ。

 高評価と低評価の比率も98%で高水準。

 目論見通りにコメント欄では考察の意見が飛び交っている。

 単純に映像面や音楽を褒めるコメントも多く、かなり幸先の良いスタートが切れたのは間違いない。


 しかしあまりにも観られ過ぎている。

 新興チャンネルの動画がこんなに観られるとすれば、どこかしらにおける拡散しかありえない。


「拡散かどうか気になるなら、エゴサしてみたら?」

「え……怖くてヤダ」


 もし批判が目に付いたら絶対へこむ自信がある。


「でしたら私が代わりにやってみますね」


 そう言って利央が自分のスマホでSNSを眺め始めていた。

 ようやるわ……、と飛竜は戦々恐々する。


「――あっ、このアカウントが取り上げてくれたおかげかもしれませんね」


 やはり拡散元があったようで、やがて利央がそれを見つけてくれた。

 そして飛竜にそのアカウントを見せてくる。


「……自称映像作品評論家インフルエンサー・10兆」


 そう名乗るアカウントだった。


「基本的に映画の批評をやってる人っぽいな……フォロワー数は11万」


 10兆という名前にしては見劣りするが、まあまあの数だ。

 プロフィールを見てみると、元映研所属の映画好きで今はファミレスの店長をやっているとのこと。


「……ん? この人ってひょっとして僕が知ってる店長なんじゃ……」


 飛竜は察した。

 バイト先の何かと親切な店長。

 彼が先日元映研だと語っていたプロフィールと一致するし、あの店長でなければわざわざこんな風に飛竜の動画を取り上げたりしないのでは、と思った。


「あ。知人の動画だから紹介した、という呟きがありますね」

「……じゃあ十中八九そうだな」


 10兆と書いて、てんちょう、ということだろうか。

 ネーミングセンスが良いのか悪いのか分からない。

 

 いずれにせよ、知らぬところでインフルエンサーをやっていた店長の紹介が、この初期ブーストに繋がっているようだ。


(次のシフトんときお礼言っとかないとな)


 今年の春先まで孤独だった飛竜。

 1人が好きでソロ生活を送っていたわけだが、最近は人脈の大切さに気付いてきた感じである。


(さて……あとはこの第一弾の動画がどう伸びていくのかを見守りつつ……)


 英気を養うためのバカンスモードに突入したいところだ。



   ※



「――さあ飛竜くん、ひと月ほど突っ走ってきたことへのご褒美は海にしますか? それとも山です?」


 というわけで、ショートフィルムのことはとりあえず頭の片隅にしまって、ご褒美休暇のスケジュールを利央と立てることになった。


 ちなみに梓紗は「路上ライブしてくる~」などと言いながら千鳥足でどこかに出掛けていった。


「利央さんはどっち派?」

「断然山派です」

「あぁ、そうなんだ?」

「山は緑で涼みながら散策を楽しめますし、穏やかな渓流があればそこで泳いだりも出来るじゃないですか。対して海は泳ぐことしか出来ず、塩っ気でベタつくだけです。海のアドバンテージなんてこれっぽっちもありません。むすむす」


 海を煽る利央であった。


「じゃあ遊泳ポイントのある山に行ってみる? もちろん今日じゃないけど」

「そうしましょう。海はオーシャンビューと夏っぽい雰囲気しか取り柄がありませんのでね」

「逆に言うと、そのふたつは絶対山が勝てない部分よな」

「む、なんですか? 飛竜くんは海派です?」

「や、僕は無派閥だからどっちでもいい派」


 だからこそ続けてこんなことを言ってみる。


「そもそもどっちかに絞る必要ってないと思うんだ。夏休みは長いんだし、山に行ってから海にも行けばいい。違う?」

「まぁ、違いませんね。言われてみれば道理かと。それに」

「それに?」

「飛竜くんとの思い出をいっぱい作れた方が楽しいですから、どっちにも行くのは賛成でしかありません」


 穏やかな笑みと共にそう言われ、飛竜は嬉しさに包まれた。


 これまでとはまったく違う今年の夏。


 例年は1人で過ごしてばかりの飛竜だったが、今年は誰かと過ごすことの尊さを学ぶことになるのかもしれない。


「僕も利央さんとの思い出が色々作れたら嬉しい」

「やれやれ、セフレとの思い出が作りたいだなんて風変わりな人です。むすむす」

「10秒前に自分が言ったこと思い返そうか」

「さてなんのことやら、ですね」


 イタズラめいた笑みでそう言ったのち、


「では飛竜くん、山でも海でも泳げるように今日は水着、買いに行きませんか?」


 早速そんな買い物イベントを持ちかけられ、飛竜は喜んで頷いたのである。

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