第46話 初投稿
「……緊張してきましたね、むすむす」
さて、ファミレスでのバイトを終えた飛竜は、一緒に帰ってきた利央と共にいざそのときを迎えようとしていた。
そのときというのはもちろん、ショートフィルム第一弾の投稿だ。
動画タイトルは『解放』の二文字のみ。
サムネは『スウェット姿で座敷牢に正座する主人公(利央)』である。
「はー、あたしも緊張してきたああああ……!!」
缶チューハイを片手にすでにある程度出来上がっている梓紗も、制作に関わった1人として飛竜の部屋を訪れている。
他には誰も居ないが、梓紗の元バンドメンバーたちにも今夜の投稿を報告し、宗五郎や紅葉にも利央が伝えたという。
ファミレスの店長もそうだが、見守ってくれている人は割と多い。
その証拠に、まだ未投稿の状態だがチャンネル登録者数がゼロではなかった。
「じゃあ早速投稿しようと思うけど、その前に……利央さん、姉ちゃん、制作を手伝ってくれて本当にありがとう」
改めて、飛竜はお礼を伝えた。
「この第一弾が成功しようと失敗しようと別にこれで終わりじゃないから、引き続きよろしく出来ればありがたいっていうか」
「よろしくするのは構いませんけど、ここひと月ほど突っ走ってきたんですから、どういう結果であれひとまず休暇に入らないとダメですよ?」
幼子にでも言い聞かせるように利央がそう言ってくる。
「休むときは休まないといけません。次に向かうとしても英気を養ってから、です」
「分かってる」
飛竜としてもせっかくの夏休みを堪能せずに過ごすつもりはない。
利央と親しくなって最初の夏。
それにふさわしい過ごし方をしたいところである。
「――一応言っとくけどえっちなことは許さーん!!」
そんな中、梓紗が急にそんなことを言ってきた。
「ひーくんと若菜ちゃんが仲良くすんのはいいけど、あくまで仲良しなだけにとどめてくんないとね!」
「ふふ、分かってますよ梓紗さん。私と飛竜くんはただのお友達ですから」
悪びれる様子もなくにっこりとウソをつく利央。
悪女にもほどがあった。
「ならいいけど。それよりほら、ひーくんそろそろ投稿したら?」
「あ、うん……」
いつまでも足踏みしているわけにはいかない。
飛竜は改めてPCと向き合う。
あとはもうボタンをワンクリックするだけで投稿が完了する状態だ。
全世界に自分の作品を公開する。
緊張が湧き上がってくる。
成功するのか失敗するのか。
どう転ぶのか分からなくて怖い。
何も反応がなかったら心が折れないか不安でもある。
それでも、そういった感情を恐れていたら何も出来ないわけで。
(ま……別に失敗したっていいじゃないか)
失敗したって死ぬわけじゃない。
何度でもチャレンジすればいい。
最初から上手く行くと思っている考えがそもそもおこがましいのかもしれない。
ダメで元々。
成功したら儲けもの。
そんな風にメンタルを整えた飛竜は――
「じゃあ……いってらっしゃい」
そう言って投稿ボタンをクリックし、自分の作品を世に送り出したのである。
※
その後、3人はリビングに降りて打ち上げを開始した。
利央が料理を振る舞い、飛竜は舌鼓を打ち、梓紗は飲んだくれる。
そのあいだ、投稿した動画をチェックすることはなかった。
立ち上げたばかりのチャンネルなんてどうせすぐに伸びることはないのだから、ひとまず気にせず過ごすことにしたのだ。
一喜一憂していたら恐らく精神が持たない。
とりあえず明日の朝まではチェックしないと決めた。
明日の朝でさえ、別に伸びてはいないはずである。
「――すぴー、すぴー……」
やがて梓紗が泥酔し、リビングは飛竜と利央の2人きりに等しい状態となった。
時刻はまだ20時過ぎだが、利央はもう1時間もすれば門限に引っかかるので帰ることになる。
甘くなった宗五郎を舐めてばかりはいられない。門限をきっちり守っておかないと、また厳しく締め付けられる可能性がないとも限らないのだから。
「飛竜くん、落ち着かなそうですね」
「……そりゃあな」
なるべく平常心で過ごそうとしているが、結局食事中からずっと落ち着かない。
食後の今はリビングとキッチンを理由もなく行ったり来たり。
動画がどういうことになっているのか気になる。
気にしないようにしていても気になる。
誰かがきちんと観てくれているのか。
良い感想が来ているのか。
低評価が押されているんじゃないか、などなど。
心配事は枚挙にいとまがない。
別に失敗してもいいじゃないかと思って投稿したものの、やっぱり失敗は怖い。
「大丈夫ですよ。きっと良い動きを見せているはずです」
「だといいんだけどな」
「んもぅ、そんなに弱気でどうするんですか。むすむす」
利央が飛竜に迫り両手をぎゅっと握り締めてきた。
繋げられたその手は力強く、合わせられた眼差しも強気に見える。
「大丈夫ったら大丈夫なんですっ。根拠はありませんがっ」
「ないんかい」
「人生はポジティブに行ったもん勝ちなんですっ。暗く過ごしていたところでどうにもなりませんっ」
道理である。
「こうなったらパーッと散歩にでも行きましょうっ。気分転換ですっ。私を送るついでにどうですかっ?」
そんな提案を無下にする必要はないし無下にしたくもなかったので、ありがたく承諾した。
梓紗のことは放って、2人は真夏の夜に身を投じる。
お天道様が引っ込んでもなお、蒸し地獄。
そんな夜道を並んで歩く。
「きっと寝て起きたら100万再生行ってますよ」
「大物じゃないと無理だよソレは」
「じゃあ明日の朝、どれくらい行ってたら飛竜くん的には及第点なんです?」
「まぁ……初日だし100くらい?」
新興チャンネルの動画なんてひと晩でそれくらい行ったら凄い部類だと思うのだ。
「ひゃ、100ですか……さすがにハードル低すぎません?」
「いや最初はそんなもんだって……そこから日ごとに再生数が回ってくれたらそれでいい」
長期戦の構えである。
いきなりドカンとイケるだなんて思っちゃいない。
夏休み中に目指せ1万再生である。
チャンネル登録者数も1000は超えたい。
「――むすむすむすむすむすむす……!」
「ど、どうした急に……」
利央がいきなりほっぺを膨らませて機嫌を損ね始めていたので飛竜は驚いてしまう。
「――いいですかっ? 登録者数はともかく再生数に関しては初日100とかいうそんな低いハードルは絶対即日越えるはずなので今に見ているといいですっ。飛竜くんは自分の作品を低く見積もりすぎだと思いますっ」
どうやら煮え切らない飛竜への軽い怒りのようだ。
「自信を持ってください! ぜっっっっっっったいにもっと再生数は回りますから!」
「利央さん……」
飛竜は胸を打たれた。撮影に協力してくれたとはいえ、チャンネル運営自体はあくまで飛竜の夢である。それをまるで自分のことのように精一杯応援してくれる利央の様子が、飛竜の臆していた精神を目覚めさせてくれる。
「だよな……もっと自信、持っとかないと」
「ですです。更なる自信が漲るように、今宵は私がひと肌脱ぎましょう」
「え?」
利央はちょうど通りかかった神社に踏み込んで、その裏手の丘を登り始めてゆく。
山にも似た丘の中腹には、6月に花火を見た若菜家の別宅がある。
「ちょ……まさか……」
「はい。今から飛竜くんを奮起させます。むすむす」
ひと肌脱ぐとは、まさしくその言葉通りのようだ。
こうしてこのあと、飛竜は利央との仲良し行為に耽って男としてのたぎりと自信を取り戻したのである。
※
そして翌朝――
「わーお……」
ひと晩あけたので多大なる緊張感と共に最初の動画チェックを行った飛竜は、及第点として設定していた100再生を大きく超えた「10276回視聴」の文字を見て、顔が思わずニヤけることになった。
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