第49話 理想の行き先

「――あ、親父が帰ってきてる……」


 水着を購入したそのあと、利央と一緒に自宅まで戻ってきた飛竜は、ガレージに4WDのオフロード車が停まっていることに気付いた。父のマイカーである。


「え、お父様ですか?」

「ああ……8月に入ったから有給取って帰ってきたっぽいな」


 長距離トラックドライバーである飛竜の父は例年8月にまとまった休暇を取るのが常だ。

 暑い時期は働きたくねえ、と毎年言っている。

 今年もそうしたのだろう。


「なるほど。ではご挨拶しないといけませんね」

「……挨拶すんの?」

「当然です。飛竜くんのお父様ということは、私のお父様でもありますのでね」

「何そのジャイアニズム……」

「とにかく行きましょう。梓紗さんと違ってタブー要素はないですよね?」

「まぁないけどさ……」

「でしたら前進あるのみです。ふんすっ」


 気合いを入れるようにひと息吐き出した利央が先んじて秋吉家に突入してゆく。

 飛竜はやれやれと思いながらそのあとを追った。


「――お父様!」

「うおっ、誰!?」


 リビングには大男が居た。

 自販機ほどの背丈と肩幅、は言い過ぎにせよ、それくらいガタイの良い筋肉ダルマである。

 飛竜の父こと秋吉良吉りょうきちだ。角刈り太眉のタンクトップ男。職業:長距離トラックドライバーがこれほど似合う容姿もなかなかないだろう。


「あ、飛竜も一緒か……おいおい、久々に帰ってきたら出不精で引っ込み思案の息子がすげえ可愛い恋人を連れてきたって状況かコレは?」

「いや違うよ親父……恋人じゃなくてだな……」

「――こほんっ、若菜利央と申しますっ。飛竜くんとはお友達として仲良くさせていただいておりますっ」


 利央がきちんと建前で挨拶してくれた一方で、良吉は「あぁ、お友達。……ていうか若菜?」と眉をひそめ始めていた。


「若菜って言うと、まさかあの若菜さん? ずっと飛竜と学校一緒で地元の地主の?」

「はいっ、その若菜です」

「はあー……飛竜お前、あの家の子に友達のテイで纏わり付かれるほど取り返しのつかないとんでもねえヘマをやらかしやがったのか?」

「どんな疑いを向けてんだよ……利央さんが今言った通りただの友達だから」


 飛竜と利央の関係性を事細かに説明出来るわけがないので、とりあえず適当に誤魔化しておくしかない。


「……飛竜とはホントにただの友達?」


 良吉が利央に目を向けている。


「あの若菜家の娘さんが不肖すぎる我が息子とつるんで大丈夫かい?」

「大丈夫です。私が望んでいることですので」

「けったいなこったねぇ……何かあっても我が家の資産規模じゃ責任取れねえよ? いやマジでね?」


 ガタイ最強の良吉とはいえ、若菜家の家柄には勝てない。多少及び腰な態度なのは仕方のないことと言える。


「(おい飛竜……高嶺の花とつるむのは構わねえが、責任取れるようになるまで深くまで踏み込まねえようにしろな? ましてや絶対に花は散らせんなよ?)」


 そんな耳打ちをされたが、色々手遅れなのは言うまでもない。


「……ところで飛竜、近々キャンプに行くんだがお前どうするよ?」


 唐突な話題転換ではあるが、それは毎年訊かれていることだ。

 良吉の趣味はキャンプである。

 休暇中はいつもオフロード車でキャンプに出掛けている。

 幼き頃の飛竜はそんな父の趣味に梓紗と一緒によく同行していたが、成長するにつれてパスするようになっている。

 色々面倒だからだ。


 しかし今現在の飛竜はこう思った。


(……親父が行くキャンプ場は穴場が多いんだよな。もし遊泳ポイントのある穴場に行くなら、そこに利央さんも同行させれば余計な人目を気にせず水着で過ごすことが出来るんじゃないか……?)


 やはり出来るだけ利央の水着姿を他人に晒したくない飛竜である。

 もしそれが叶うなら、良吉のキャンプに同行するのは最善策かもしれない。


「……なあ親父、今年行こうとしてるキャンプ場って泳げる場所ある?」

「ん? あぁ、あるぞ。綺麗な湖がそばにな。岸辺なら浅いし全然泳げる」

「そこって混んでる?」

「いや、割と山奥だからそこまでだな。まばらには居るかもだが、混んでるってほどではないはずだ。しかも広いしな。他の客と干渉し合うことはほぼない」

「ちなみにそこに利央さんを連れて行くのは大丈夫?」

「え? ……まぁ危ない場所じゃねえから平気だし、来たいなら来てもらってもいいけどよ、そもそも若菜さんは乗り気なのか?」


 良吉の疑問はごもっともである。

 というわけで、飛竜は利央に目を向けた。


「利央さん的にはどう? 遊泳ポイントのある山って、僕らの考えてた行き先としては結構ピッタリな場所だけど」

「愚問ですね。むすむす」


 利央はニヒルな笑みを浮かべていた。


「――行きます。飛竜くんのお父様も一緒なら、父の了承が得やすいと思いますので」

「ちなみに若菜ちゃんよ、2泊3日の予定だけど大丈夫かい?」

「あ、はい。問題ないです。父の許しだけが焦点かと」


 心を開き始めた宗五郎とはいえ、泊まりがけの旅行はどういう判断になるのか。


 そんなこんなでこの日の夜――


【やりました。飛竜くんのお父様も一緒ならやはりOKだそうです】


 というメッセージが届いた


 そんなわけで、利央が参戦する形でキャンプに行くことが決まったのである。

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