第50話 親バカと撮影バカ

 2日後の早朝、飛竜たちはキャンプ地に出発した。


 移動手段は良吉りょうきちのマイカーである「BR75」というSUVをベースにした最大5人乗りのオフロードキャンピングカーだ。シャワーとトイレをオプションで搭載しており、女性でも安心なカスタム設計となっている。


 さて、そんな車内に搭乗中の人員だが、まず運転席に良吉。

 後部座席に飛竜と利央、それと「ひーくんが行くならあたしも行く♡」と言って付いてきた梓紗。

 そして助手席には――


「――秋吉くんのお父さん、私も急遽参加させていただき誠に感謝する」

「いえいえ、こういうのは多人数の方が楽しいっすからね」


 そう、何を隠そう宗五郎である。

 一旦は利央を単独で行かせる許可を出していたわけだが、やはり心配だったのかまさかの飛び入り参戦。

 いつもの着流しではなく、きちんと動きやすい格好なのが新鮮だった。


(……なんだこのメンバー)


 筋肉ダルマ、親バカ、ブラコン、セフレ。

 RPGのパーティーかというくらいバラエティーに富んでいる。


「(すみません、父を連れてくることになってしまって)」


 隣に座っている利央がヒソヒソと謝ってきた。


「(どうしても私のことが心配だということでしたので)」

「(ま……在るべき姿な気もするし)」


 せっかくの夏休みなのだからこういうのもアリでは、と思う。


「時に秋吉くんのお父さん、お宅の息子さんは今利央と共同で動画サイトを賑わせておいでだとご存知ですかな?」

「え、そうなんすか? 飛竜は恥ずかしがって自分のことな-んも話さないヤツなんで、そういうのは知らねえんすよ」


 コソコソと話す子供たちをよそに、父親たちはショートフィルムについて話しているようだった。


 投稿から今日で4日目となるが、再生数はジワジワ伸び続けて現状50000回視聴を突破している。

 多少勢いは落ち着きつつあるが、ジワ伸びの気配は途絶えそうにない。

 登録者数は5000を超えたところ。

 大物たちと比べたら微々たるものだが、日に日に数字が伸びていく様子は爽快と言える。


「おう飛竜、YouTuberになるのは別に止めねえけど大学は行っとけよ?」

「言われなくても行くよ」


 良吉の心配はごもっともだが、飛竜は動画制作に全力ではない。

 否、全力ではあるが、それはそれとして他も頑張るスタンスだ。

 勉強を疎かにするつもりは微塵もないのである。



   ※



「――おーし着いたぞー!」


 数時間のドライブを経て、やがて一行は湖畔のキャンプ場にたどり着いた。

 景観がかなり良いものの、やはり山奥なだけあって客はまばら。

 飛竜の目論見通り、遊泳時の利央に下卑た眼差しを向けられることはないだろう。


 ちなみに時刻はまだ午前9時を過ぎたばかり。

 朝早くに出発したおかげでキャンプ場での日中を存分に堪能出来そうだ。


「――うっし、じゃあテント建てるぞ」


 良吉がそう言ってテントのセッティングを始めていた。

 キャンピングカーがあるのにテント要るの? という話ではあるが、幼子を含まない5人の人間が車内で一斉に休むのはさすがにキツいのだ。


「とりあえずテントは3つ持ってきてるから、ほれ、ひとつはお前が建てて使っとけ」


 そう言ってひとつのテント収納袋を渡されたので、飛竜は車からちょっと離れたところで設営を開始した。

 ワンタッチ式なのでお手軽だ。

 固定用の杭だけは自分で打たないといけないが、難しい作業ではない。何度も良吉とのキャンプに訪れている飛竜的には尚更だ。


「手慣れてますね?」


 そこに利央が近付いてきた。

 今日の利央は先日のスキップ撮影時にも着ていたスポーツウェア姿だ。

 飛竜の隣にしゃがみ込んでくる。


「ハンマーの打ち方が華麗でした。もう一度見せてもらえます?」

「別にすごくないよ。こうして、こう」


 次の杭を用意して、それを小さなハンマーで手早く打ち付けてゆく。

 なんてことない作業だが、利央は「おー」と小さく拍手をしてくれていた。

 誰にも褒められることのなかった作業を褒められるのはこそばゆいが、嬉しくもある。これこそが誰かと一緒に居ることの良さなのかもしれない。

 無論、褒めてくれるのが利央だからこその感情なのだろうが。


「私にも出来ますかね?」

「余裕。やってみる?」


 杭打ちハンマーを利央に差し出してみた。

 すると利央はそれを受け取り――


「――むすむすむすむすむすむす……!」


 新たな杭をリズミカルに打ち付けて見事に成功させていた。


「おー、上手い上手い」

「ふむ、たまにはこういう作業も楽しいモノですね。私、こういうキャンプ場に来るのはなにぶん初めてなモノですから」

「あー、そっか……」


 過去を振り返ってみると、たとえば林間学校にも利央は一度も参加していなかった気がする。怪我の可能性を考慮し、宗五郎が参加を止めていたのかもしれない。


(同伴と引き換えに許可をくれたなら、だいぶ進歩してる方か……)


 そんな風に考える飛竜のもとに、


「――利央、はしゃいで怪我をしないようにな?」


 そう言って宗五郎がやってきたのはいいとして、その姿が海パンへのお着替え済み&浮き輪装着スタイルだったのはなんの冗談かと思った。


(一番はしゃいでる……)


 このあと湖に飛び込む気満々なのは間違いない。

 

「父さん……恥ずかしいのでどっか行ってください」

「恥ずかしいとはなんだ。お前が入水しても大丈夫な湖なのかどうか、我が身をもって調査しようというだけのことなんだがな」


 はしゃいでいるわけではなかったようだ。 


「あ、若菜さんのお父さん、この湖綺麗っすよ? 岸辺なら浅いですし害獣も居ないっす」


 良吉がそう伝えるものの、


「すまない秋吉くんのお父さん、私は自分の体験でしか物事を信じないタチでしてね」


 そんな言葉のあと、宗五郎は湖に飛び込んでいった。


「はー、すげえ行動力だな、若菜さんのお父さん……」


 目を見張る良吉。


「はあ……恥ずかしいったらありゃしないです、むすむす……」


 照れ臭そうに身体を縮こめる利央。

 

 一方で飛竜は苦笑するしかなく、片や梓紗はこちらを意に介さずクーラーボックスから缶チューハイを取り出して早速グビグビし始めていた。


「ま……調査結果はどうせなんともないはずだから、お前らも湖で遊ぶなら水着に着替えとけよな。ゴムボートもあるし、使うなら膨らませとくように」


 良吉にそう言われ、飛竜はテントを張り終えたあとにゴムボートの用意を始めつつ、

 

(このキャンプ場の景色、ホントに良いな……第一弾の動画と繋がったアフター動画を撮れたら面白いかも)


 空気入れをシュコシュコ言わせながら、そんなことを考える飛竜。


 解放された少女のその後。

 身内殺し後に街を出て、山に潜んでいるような絵を撮れるんじゃないかと思った。

 動画のコメント欄にも「主人公がこのあとどうなったのか気になる」的な意見が多かったので、撮ったら喜ばれるんじゃないか、という考えがあってのことだ。


 早速そんな目論見を利央に伝えてみれば――、


「やれやれです、結局バカンスモードは早急に崩れ去る運命なのですね。なんという撮影バカ」


 と、呆れたような反応が返ってきたものの、


「……ですが、私は飛竜くんのそういう勤勉さが好きです」


 呆れの中に好ましさを抱いたような微笑みが混ざっていたので、飛竜はホッとした。


「分かりました。ではアフター動画の撮影に協力してもいいですが、条件がひとつ」

「……それって?」

「撮影と並行して私との戯れもきっちりやってください、ということです」

「ああ、もちろんだよ」


 そんなのはお安い御用にもほどがあった。

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