第82話 ガチ?
「――どもー、イケイケチャンネルのアキヨシでーす」
というわけで、飛竜は早速アキヨシとしてPOV風にカメラを回しながら、貴○神社でのモキュメンタリーホラー撮影を開始している。
深夜の貴○神社には当然だが人の姿はなく、昼間に観光地として見せていた賑わいはナリを潜めている。
電灯が点いているということもなく、本当に真っ暗である。
闇を照らすのは飛竜のポータブルライトのみだ。
「えー、今日は○船神社ってトコに来ました。丑の刻参り発祥の地っつーことで、なんかおもしれーモン撮れるんじゃね? って期待して深夜2時にカメラを回してます。――つーかお前付いてきたのは良いけど離れるなよ?」
アキヨシとして言葉を発した相手は、白装束姿で隣を歩く貞子ヘアーの利央、もといショートフィルム第一弾の主人公ちゃんである。
利央もしっかりと役に徹しており、基本的には無言でこくこくと頷くだけだ。
ちなみにだが、この撮影に細かな台本はない。
丑の刻参り調査という軸はあるにせよ、それ以外の流れはアドリブ。
モキュメンタリーはあたかも本当にあった出来事のように見せるのが大事である。
つまり自然体の演技が重要。
台本でガチガチに縛り過ぎると演技感が表に出やすくなるため、良くないと言える。
「丑の刻参りを知らない人ってあんま居ねーだろうけど、コレ見てるけど知らないって人のために一応言っとくと、要は恨めしい相手に見立てた藁人形に釘を刺すまじないな? 深夜に誰にも見られずにやり遂げる必要がある。見られた場合、呪いが術者に跳ね返っちまうっつーのが通説だな」
そのため、目撃されてしまった丑の刻参りの術者は、自身への跳ね返りを防ぐためにその目撃者を消す必要が出てきてしまうのだ。
「今回はガチでやってる人が居るかどうか調査に来たんすけど、まぁ居ねーだろうな」
というか、飛竜としては『頼む居ないでくれ』という気分である。
ガチで居た場合対処に困る。
でも映像の面白さ的には居てくれた方が良いというジレンマ。
「なんかこっちの方に丑の刻参りによく使われる木があるっぽいんで行ってみまーす」
呟きながら、飛竜は利央と共に敷地の奥を目指す。
そのときだった。
――カン。
「「!?」」
どこからか甲高い鉄の音が木霊してきて、2人は足を止めることになった。
(おいおい……)
こんな夜更けに鳴るには不自然な音だ。
――カン。
また鳴った。
二度目を聞いて確信する。
それは間違いなく釘を打つ音であった。
「ちょ……マジで居んの?」
演技ではない本物のぼやきが思わず出てしまう。
飛竜はひとまず明かりを消した。
居ることがバレたら良くないことになるかもしれない。
「……声出すなよ?」
利央にもそう告げ、暗視モードのカメラで術者の発見を急ぐ。
こちらが先に居場所を特定しないと危ないからだ。
向こうから先に特定された場合、闇討ちに遭う可能性がある。
「……居た」
やがて暗視モードのカメラがその姿を捉えた。
とある木に藁人形を打ち付けている浴衣の人影。
後ろ姿なので性別は定かではない。
しかし髪型がセミロングで身体付きも華奢なので女性に見える。
息を押し殺してその様子を捉え続ける飛竜は、ほどなくしてその女性が釘を打ち付けるのをぴたりとやめたことに気付く。
刹那、気配か何かに勘付いたかのように、彼女がこちらを振り向いてしまった。
「……っ」
ハッキリと、その目がこちらを捉え始めている。
マズいと思った。
術者は呪いの性質上見られてはいけない。
見られた場合、目撃者を始末するしかない。
もちろん丑の刻参りそのものからして、ただのまやかし。
本当に呪いなんてモノがあるはずもなく、儀式の様子を見られたところで呪いの跳ね返りなどあろうはずもない。
しかしだ――
(……こんなまじないに頼ってる人間のメンタルなんてまともじゃない)
正常なメンタルではないからこそ、まじないに頼る。
まじないを本当に価値のあるモノだと思い込んで縋っているわけだ。
すなわち――
(呪いの遂行が邪魔されることを許すはずもない……)
だから直後、彼女が金槌を振り上げながらダッシュで迫ってきたのを見て飛竜と利央は、
「――うぎゃあああああああああああああああああ!!!」
「むすむすむすむすむすっ……!!」
悲鳴を上げながらダッシュで逃走を開始した。
2人とも演技どころではなかった。
来た道を戻ることに全力で、それ以外のことなどかなぐり捨てて走る他ない。
普段からジョギングをしている利央の方が運動神経が磨かれているため、飛竜を置いていく勢いで差が開き始めてゆく。
全力で走る白装束貞子ヘアー女子の姿はシュールである。
「ヤバいヤバい……!」
ちらりと背後を確認してみると女性がなおも猛然と迫っていた。
運動不足気味な身体を必死に動かして、飛竜はとにかく逃げる。
やがて神社の入り口から歩道に飛び出し、直で宿に戻るとすぐに居場所がバレるかもしれないので路地を小刻みに移動してから宿に戻った。
「はあ、はあ……撒けたか?」
「窓の外にはそれらしき人影はないですね」
「よし……なんとかなった……」
飛竜は宿泊部屋の壁にずるずると背中をこするように座り込んで大きくひと息をついた。
「ですが、良いモノが撮れたと言えるのでは?」
「ああ……それはその通り」
術者へのモザイク加工は必須だが、臨場感たっぷりのホラー体験を視聴者にお届け出来そうのは間違いない。逃げて終わりなのでオチはないが、オマケ動画なのでそこまで凝る必要もないだろう。
「……とりあえず怪我はないよな?」
「ないですが、全力疾走したので疲れましたね」
ふぅ、と汗ばんだ額をぬぐい、暑さからか白装束を脱ぎ始める利央。
動きやすさ重視のスポブラとショーツがあらわになる。
命からがらの逃走劇のあとゆえか、飛竜は種を残そうとする本能的なモノがいつもよりも強い心理状態にあった。
なので直後には利央のそんな下着姿に欲情したのもあって迫り、敷かれた布団へと押し倒してしまっていた。
思わずであった。
飛竜はハッとして利央の上からどく。
「ご、ごめん……魔が差した……」
「むすん。でしたらその魔は差したままでもいいじゃありませんか」
どこか妖艶に微笑む利央であった。
さながら飛竜の何もかもを包み込む慈愛が滲み出たようである。
こういう反応を見ると、飛竜は一生利央のうわ手を取ることは出来ないんだろうなと自覚する。
「……いいのか?」
「当たり前です。もしシないのなら私の方から襲いますので。むすむす」
どうやら飛竜の魔が利央のスイッチをも入れてしまったようだ。
こうなると何もしないまま終わるわけにはいかない。
据え膳はいただく。
こうして飛竜は汗ばんだスポブラをたくし上げ、利央の豊満な果実をまろび出させてその先端に吸い付くところから行為に耽り始め、存分に癒やしを得ることになる。
さて……撮るモノを撮って、あとは真の目的を済ますだけ。
寝て起きたら観光に耽りつつ、タイミングを見計らって告白を行うことになるだろう。
夏休み最後の一大イベント。
それをしっかりとこなし、後悔の無い夏にしなければならないのは絶対である。
※side:紅葉※
「うふふ♡ 今頃燃え上がっていたら良いわね」
金槌と藁人形をしまい、ボサついたセミロングウィッグを外しながら、紅葉は宗五郎の実家宿を見上げて、小さく微笑んでいるのだった。
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