第81話 発祥の地

「――利央ちゃんいらっしゃいねぇ」


 紅葉から京都行きのチケットをもらったその日の昼下がり。

 世の中便利なもので、飛竜と利央は早くも京都に到着していた。

 京都駅から更に電車を乗り継いで訪れた京都市左京区鞍馬――宗五郎の両親が営むという老舗の宿はその地にあり、2人はたった今その宿に到着したところだった。


「お久しぶりです、お婆さま」


 飛竜と利央に応対してくれているのは、こぢんまりとした和装のお婆さんだ。

 腰の曲がった白髪タマネギヘアーのその人は、宗五郎の母にして利央の祖母だそうな。

 調理場ののれんからは背の高い白髪角刈りのお爺さんが顔を出しており、そちらは料理長を務める利央の祖父であるらしい。

 ひと目見て、宗五郎は父親に似たのだと分かった。


「お爺様もお元気そうで良かったです」

「……むす」


 祖父は渋い声で満足そうに頷くと、すぐに仕事へと戻っていった。

 孫が訪れようとも、営業中は仕事優先であるらしい。


(……むすはお爺さん由来なんだろうか)


 もしかすると更に昔から脈々と続いていることなのかもしれない。


「それで、お隣の男の子は利央ちゃんとどういうご関係?」

「あ、申し遅れました。秋吉飛竜と言います。ひとまず……友達です」


 そう告げると、利央のお婆ちゃんはめざとく「ひとまずねぇ」とニヤついていた。


 そんな祖父母との対面を経て、飛竜と利央は宿内の個室(部屋は別々)へと案内された。

 余計な荷物を置いてから、2人は気ままに外へと繰り出すことに。


「この時期の京都はさすがにあっついな……」

「盆地ですからね」


 ぎらつく陽光の中、利央が日傘を差しており、飛竜はその影に入れてもらっている。


「……そういえば、利央さんってこっちの土地勘はある?」

「ほぼないですね。たまに来る程度ですから」

「そっか」

「時に、今回の目的は撮影とのことですが、そもそも何を撮るんです? ショートフィルム第三弾のプロットは全然出来てないですよね?」

「うんまったく。だから先日のキャンプで撮ったようなオマケ動画を撮るつもり」


 旅の本当の目的はサプライズ告白だが、それはそれとしてオマケ動画も撮るのは本当のことだ。その構想はきちんと練りつつある。


「お題としては『京都の心霊スポット凸を目論んだアキヨシwithショートフィルム第一弾の主人公ちゃん』かな」

「ふむ、主人公ちゃんはアキヨシ家に突撃ご飯したあとそのまま一緒に過ごしているんですか?」

「主人公ちゃんが勝手に居着いてる設定。アキヨシは迷惑に思ってる」

「なるほど……それでアキヨシの京都凸配信にまで付いてきたということですか」

「そう。そんな感じの概要でオマケモキュメンタリーホラーを撮りたい」


 京都はいわく付きの場所が多いため、飛竜としては実際にその手の場所の撮影許可を得た上で深夜にカメラ回せたら面白いんじゃないか、と考えている。


「でもどこで撮ったら面白いんだろう……利央さんは良い場所知ってる?」

「ベタですが、伏○稲荷なんてどうでしょう?」

「神聖なイメージが強いかなぁ……もっとおどろおどろしいいわく付きスポットがいいかも」

「でしたら……この鞍馬の地にある貴○神社なんてどうでしょうか。霊的ないわくはありませんが、むすの刻、もとい丑の刻参り発祥の地として知られています」

「へえ、そうなんだ」

「夜になるとたまに釘を打つ音が聞こえるから近寄ったらあかんよ、とお婆ちゃんに小さい頃教わりました」

「なるほど……」


 ○船神社と言えば、表向きには縁結びの神社として名を馳せる場所だ。今回の真の目的にはぴったりなので、観光ついでに撮影の許可を取りに行くのはアリだと思った。


「よし、じゃあ貴○神社に行ってみよう」


 そんなわけで、飛竜たちは○船神社へと向かった。



   ※



 宿から徒歩10分。

 赤い灯籠が彩る長い石段を登ると、貴○神社の本殿が見えてきた。

 観光シーズンだけあって人が多く、飛竜は照り付ける陽光で汗だくになりながら利央と一緒に参拝の列に並び始める。

 そこはかとなくパワーを感じる場所で、自然と深呼吸をしたくなる感覚があった。


「むすむすむす……」


 やがて先にお賽銭の順番が回ってきた利央が、5円玉を投げ入れて小さくぶつぶつ呟きながら参拝し始めていた。

 一体何をお願いしているのか。

 飛竜も次に順番が回ってくると、同じく5円玉を入れて鈴を鳴らし、二礼・二拍手・一礼を行った。

 神頼みの内容はもちろん、利央と末永く仲良くありますように、である。


 その後、神主さんに会って撮影交渉。

 すると「何があっても自己責任であれば別に構わない」とのことだった。


「むすの刻参りを確かめに行くアキヨシwith主人公ちゃん、なんとか撮影出来そうで良かったですね」

「でもマジモンの釘打ちマンが出てきたら怖いよな」


 貴○神社を一旦あとにした2人は、近くにあった日本料理店で遅めのランチと洒落込んでいる。天ぷらと蕎麦をいただいているが、非常に美味だ。


「マジモンが出てきたら、それはそれでモキュメンタリーホラーとしての質が上がりますし、よいのでは?」

「利央さん意外と怖い物知らずだよな……」


 その辺はやはり畏怖を抱える家柄の影響だったりするのだろうか。


「とにかく怪我だけはしないように気を付けよう……何かあったら無理せず逃げる。いいな?」

「分かりました。時に飛竜くん、話は変わるのですが」

「何?」

「さっきはお賽銭と一緒に何をお願いしていたんですか?」


 どうやら利央は利央でこちらの願いを気に掛けていたらしい。


「利央さんとの仲良し祈願に決まってる」


 サプライズ告白はもう少し先になりそうだが、ジャブがてら誤魔化さずに伝えてみた。


「むふん、そうですか。実は私もなんです」


 利央は嬉しそうに表情を綻ばせている。


「打てば響くつーかーの仲、もといむーすーの仲と言えましょうか。むすむす」


 利央も同じことを願っていた辺り、サプライズ告白に向けて視界は良好だろう。

 まずは撮影をこなし、明日以降落ち着いてからきちんと想いを伝えようと思う。


 こうして遅めのランチタイムを終えたあとは、夜の撮影に備えて宿へと戻った。

 飛竜は自分にあてがわれた部屋で撮影の段取りをタブレットに書き込んでいく。

 隣でジッとそんな作業を眺めている利央は、なんとなく猫っぽい。

 そしてその猫は多少構ってちゃんでもあり、


「むすむす」


 時折飛竜の身体を突っついたりしてくる。


「何か?」

「むすむす」


 利央は察しろと言わんばかりにむっとしている。

 どこか物欲しそうな表情は、ひょっとしたらそういうことかもしれない。


(……万年発情期の困った猫にもほどがある)


 とはいえ、それが悪いことだとは思わない。

 想い人に求められるのは率直に嬉しいのだから。


 というわけで、飛竜はその後、休憩がてらその求めに応じ、まずはお風呂で汗を流すことになった。

 個室露天が付いているのでそちらへ。


 もちろん1人で入るわけではなく、利央も一緒だ。

 脱衣所で衣服を脱がし合うところから始まり、何度見ても見飽きない利央の極上ボディに惚れ惚れしながら洗い場を訪れたあとは互いの身体を洗いっこ。

 泡まみれの手で利央の豊満な胸に指を這わせ、逆に利央からも泡まみれの手でにぎにぎされたりする。

 互いに辛抱が利かなくなるのはもはや必然であり、飛竜は露天風呂に浸かるよりも先に火照った蜜の湯を満喫したのであった。



   ※



「……じゃあ始めようか」

「むすむす」


 そんなこんなで時間は過ぎ去り、やがて迎えた深夜2時過ぎ。

 丑の刻。

 徒歩で貴○神社を訪れた2人は、細心の注意を払いながらオマケショートフィルムの撮影を開始することになった。

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