第80話 そうだ、京都へ行こう
「なあ……姉ちゃんは知ってたか? 僕が利央さんをかばって事故に遭ってること」
「お、何さ。思い出した?」
利央から大事な昔話を教えられたこの日の夜。
飛竜は自宅で姉・
ちなみに両親はすでに盆休みを終えており、長距離トラックの運転手として自宅へ帰らない日々を再開させているため、家の中は飛竜と梓紗2人だけの状態である。
「もちあたしはひーくんの事故知ってたよ。知らんわけないよね。だってあの件があったからこそ、あたしは『あたしがひーくんを守らなきゃ』って思いが強くなったんだし」
(まさかのエピソードゼロ……)
あの交通事故はブラコンの誕生にも繋がっていたようだ。
「じゃあ……姉ちゃんが利央さんを色々疑っていたのは、そもそもその辺の因縁もあったから、ってことか?」
「そゆこと。ま、今となっちゃ若菜ちゃんがそんなに悪い子じゃないって分かったから、もうなんとも思ってないけどね」
そう言って缶チューハイを煽った梓紗は、ぷはっとひと息吐き出しつつ、
「……で? その事故を思い出したひーくんは何か心境に変化でもあったん?」
「まぁ……利央さんとの関係をこのまま停滞させたままでいいのかどうか、迷い始めてる感じ」
こちらの事情を大体察している梓紗にはそんな吐露も出来る。
「僕はさ、親父さんを納得させられる立場になるまで利央さんには踏み込まないことにしてるんだ」
「なるほど」
「でも事故に遭った日から長らく……利央さんは事故の負い目で僕との接触を我慢してずっとひとりぼっちで過ごすことになってた。僕がもっと早くに思い出せていればそんな辛い目には合わせずに済んだのに。……だから、僕はきちんと利央さんに一歩踏み込んで空白期間の埋め合わせをするのが道理なんじゃないか、って思い始めてる」
飛竜の記憶喪失は利央に非があるにせよ、それはそれだ。
飛竜としては、何も思い出せずにいた自分が情けない――そう思う部分があった。
だから飛竜なりのけじめとして、利央との関係を正式に割り切らないモノにしようと考えている。
宗五郎には引き続き内緒の形でだ。
「なるほどねぇ……まぁ、ひーくんがそうしたいならそうすりゃいいんじゃない? なんてたってひーくんの人生なんだし、やりたいようにやらなきゃ損っしょ?」
海の一件を経てだいぶ利央に心を許している様子の梓紗。
それでもブラコンの鎌首は依然もたげられたままな部分もあるようで、
「ただし、若菜ちゃんのお父さんに色々とバラされたくなければ……」
「……なければ?」
「このあと一緒にお風呂入ろ♡」
「…………」
あまりにも地獄すぎる要求だが、背に腹はかえられなかった。
そんなわけで、隙あらば股間を触ってこようとする飲んだくれを介抱するような形で、この日は久々に姉弟でのお風呂タイムを過ごしたのである。
※
「さて……どうするべきか」
迎えた翌朝に事務所を訪れた飛竜は、まだ他に誰も居ない無人空間に悩ましげな声を木霊させていた。
次なるショートフィルムの内容について考えつつ、利央にどうやって一歩踏み込もうか悩んでいる。どちらかと言えば後者の比重が大きい。
(真正面から「付き合おう」って言ってしまえば大丈夫……だろうか)
OKを貰えるのはほぼ間違いないのだから、変に躊躇する必要はないはずだ。
それでも妙な緊張感が漂うのは、そのイベントがやはり一世一代だからであろう。
(……利央さんと正式に付き合えるようになった場合、黄金井さんにはきちんと打ち明けなきゃダメだよな……)
申し訳ない部分もあるが、優芽は元々玉砕上等の精神だったのだから恐らく納得してくれるとは思う。
(なんにしても……まずは利央さんに告白しないことには何も始まらない)
利央の長年の想いを知った今、もう割り切りではいられない。
きちんと想いにこたえるのが男だと思い、飛竜はそれを決行することにした。
(でも告白の場所はここでいいのか……?)
このあと利央は事務所に来る予定だが、こんな寂れた空間で一世一代の告白を行うのはあまりにも味気ない気がする。
(予定を変えて、告白にふさわしい場所に出掛けるべきか……)
今はまだ午前9時前。
今日1日の過ごし方を変更する余裕は充分にある。
(でもなぁ、出掛けるとしたらどこがいいのか……)
1日遊べて、なおかつ告白にふさわしい場所とは。
(それがまさに沖縄だったのではという……)
「――うふふ♡」
もう数日早く利央が昔話を教えてくれていれば……、と嘆きたくなったそのとき、事務所内に不敵な笑い声が木霊した。
「お困りのようね? 秋吉さん」
「――お、お袋さん……?」
ハッとして振り返った飛竜の視界に映り込んだのは、入り口から入り込んでくる一人の和装美人の姿であった。
そう、利央の母こと紅葉である。
「ど、どうしてここに……?」
「利央とのただならぬ過去を思い出した秋吉さんが色々悩んだ末にぼちぼち告白を考えているんじゃないかと思って、少しだけそのお手伝いをしにね」
「な、なんで僕が過去を思い出したってご存知なんですか……?」
「ここでの出来事を盗聴――じゃなくて利央から教えてもらったのようふふ♡」
「…………」
「とにかく秋吉さんは利央への告白を考えている、で合っているわよね?」
「ま、まぁ、はい……」
物騒なワードが出てきた気がするものの、とりあえず聞かなかったことにした。
「うふ、やっぱりね。そういうことなら私がお手伝いをしてあげるわ」
「……なんで手伝ってくれるんですか?」
「事故のお詫び、かしら。それは当時にも当然したのだけど、思い出したということなら改めてね。それに」
「……それに?」
「気が早いけれど、孫の顔が見たいからそのサポートも兼ねて♡」
(ホントに気が早すぎるんですがそれは……)
「というわけで、告白を彩るためにコレをどうぞ♡」
そう言って紅葉が手渡してきたのは、 京都行きの新幹線チケットであった。
「!? ……きょ、京都ですか?」
「ええ。京都は宗五郎さんの出身地なのよ。しかもご実家が宿を営んでいるから、そこを拠点に何日か泊まれるように手配しておいたわ。京都なら告白の舞台だけじゃなくて、撮影にもちょうどいいんじゃないかと思ってね」
確かに利央への告白タイミングを見計らうのと並行して、撮影をこなしてくるのはアリかもしれない。まだ話のプロットすら完成していない第三弾を撮ってくるのは厳しかろうが、オマケ的なモノを撮るくらいなら可能だろう。
「撮影を大義名分に掲げれば、利央にはひとまず告白の件を黙って京都に連れて行けるでしょう? サプライズにしちゃいなさいよ」
「あ、それ良いかもしれないですね……」
「うふふ、じゃあきっちり男を見せていらっしゃいね♡」
こうしてその後、紅葉から新幹線のチケットのみならず旅行資金として栄一を10人ほど受け取ることになった。飛竜はもちろん最初は遠慮したものの「受け取らないなら宗五郎さんに二人の関係をバラしちゃおうかしら♡」などと脅されてしまえば、受け取る他なかったのである。
「――え、今から京都に行くんですか?」
そんな紅葉が立ち去った数分後、利央が事務所にやってきた。
急な旅行話に彼女は当然ながら驚きを示している。
「なぜいきなり京都に……?」
「あ、えっと……実はさっきお袋さんが来てさ、残り短い夏休みでもっと良いモノを撮ってきなさい、ってことでコレをくれたんだよ」
表向きの事情を伝えながら、新幹線のチケットを見せる。紅葉が利央の宿泊道具も置いていったため、利央が今から荷造りに戻る必要はない。飛竜は荷造りしていないものの、男なのでどうにでもなるだろう。
「ふむ……妙な話ですね。どうして母さんは急にそんな気を利かせたんでしょうか」
あごに手を当てて不可思議そうに唸る利央であった。
「た、多分お袋さんなりに結婚記念日撮影のお礼をしてくれたんだよ。親父さんの事務所プレゼントに張り合ったんじゃないかな……」
サプライズ告白のお膳立て、だとは悟られないように飛竜は誤魔化した。
「まぁ……そう考えるのがしっくり来ますか」
「そ、そうだよ。とにかく行こう。せっかくだしさ」
そう告げると、利央はこくりと頷いてみせた。
「急ですけど、飛竜くんとの旅行なら喜んで引き受けざるを得ませんね。むすむす」
特別視を感じる何気ないひと言。
それを嬉しく思いながら、飛竜は利央と共に事務所をあとにし、サプライズ告白の舞台――京都へと出発したのである。
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