第28話 本意

「秋吉くん、夜分に済まんね」

「いえ……大丈夫です」


 さて、飛竜はコンビニに出掛けるフリをして夜更けの神社にやってきた。

 そこはかとない不気味さが漂う境内には、1人の男の姿がある。

 寝巻きの浴衣に身を包んだ面長眼鏡の中年男性。

 言うに及ばず、利央の父もとい宗五郎である。


 呼び出された理由は大体分かっている。

 恐らく、というか十中八九、利央の家出のことに決まっている。


 しかし宗五郎の気配に怒りは感じられない。

 どこか穏やかでさえある。


 それでも飛竜の中には緊張感しかなかった。

 家出のことで何を言われるのか。

 無事に帰れるのか。

 色々と不安な中で、宗五郎がおもむろに口をひらいてくる。


「時間が時間だけに手短に済ませたい。用件としては幾つか訊きたいこととお願いがあるんだ。まず最初に確認だが、利央は現状君のもとに居るんだな?」

「はい……居ます」


 どうせ察しているのだろうし、ここで誤魔化す意味はないと思った。


「やはりそうか……なら、私と利央が喧嘩に至った理由も知っているのか?」

「はい……利央さんが門限の緩和を申し出て、親父さんがそれに反対して口論になったと聞きました」

「その通り。私は利央がなぜ急に門限の緩和を申し出てきたのかを知らない。君は何か知っているかね?」

「それに関しては……僕のせいです。僕がショートフィルムの制作をやろうとしているので、利央さんはそれを手伝うために自由時間を増やそうと考えてくれたみたいで」


 飛竜はそれも正直に告げた。ひとまずその辺の事情には誠実でありたいと思っているからだ。

 

「なるほどな……悪いことに手を出そうとしているんじゃないか、と利央を疑った私は愚かしいのだろうな」


 自戒するかのように、宗五郎はひと息吐き出していた。


「私はね……利央を色々と縛って今日まで育ててきた。なぜだか分かるかね?」

「いえ……」

「答えはそう難しいことではない。私が子供だった頃に比べて、今の時代は誘惑が多いだろう? SNSだのなんだの、人との繋がりを簡単に得られるのは良いことだと思う反面、子供に対する教育環境としては多少過ぎたるモノであって、得てして危険性を孕んでいると思っている。たとえば趣味繋がりで知り合った男が下卑た目的を持っていないとは限らんだろう?」


 そう問われた瞬間、飛竜は宗五郎の過保護さの本懐が分かった。


(なるほど……そういう手合いと引き合わせたくなくて、利央さんと娯楽を切り離していたのか……)


 利央が趣味を持たなければ、少なくとも趣味に基づいて変な男と繋がりを得ようとはしない。

 妙な異性との接触を極力減らしたくて、娯楽禁止令を出していたのだろう。

 18時半の門限を絶対に守らせていたのも言わずもがなだ。


 しかし縛りを課した結果として利央はストレス発散のセフレ契約を飛竜に申し出てきた挙げ句、今回はこうして家出にまで発展している。

 だから、


「……どれだけ我が子が心配だろうと、そんな風に縛ることが正しいとは思えません」


 飛竜は意を決してそう言った。

 怒らせてしまうかもしれないと思ったが、宗五郎はむしろ頷いていた。


「そうだな。正しくなどないさ。そうした縛りは私が安心したいだけのエゴに過ぎんよ。そんなことは分かっている。だからこそ、私は変わらねばならない……そう思い始めているんだ」


 戒めとも取れる言葉を呟いたあと、宗五郎は、


「そこで秋吉くんには――利央をこのまましばし預かって欲しいと考えている」

「……え?」


 予想外のセリフに驚く飛竜を尻目に、言葉を続けてくる。


「繰り返しになるが、いつまでも利央を鎖に繋いでおけないのは理解している。1年半後には進学が控えていて、恐らくそれに伴って利央を独立させることになるだろう。あの子にとっての親離れ、私にとっての子離れの時期が、刻一刻と迫り始めている。だから私は我が子を縛る在り方を見つめ直し、今後は利央に自由を与えるという意思表示として君の家での暮らしをしばし続行させてみようと思った。私からすれば、子離れの予行演習さ」

「……なるほど」


 考え方が明らかに柔軟になっている。

 厳しい父としての在り方を変えようとしているのは本当なのだろう。


「家出先が秋吉くんだからこその譲歩ではあるがね。しかしこれを機にあの子への厳しさを色々変えていきたいのは本当だ。……ちなみにだが、私が今話している真意はあの子には伏せておいて欲しい。あの子にとっては私とバチバチの家出が続く形を継続してもらいたいんだ」

「え……なんでですか?」

「情けない話だが、今話した親心をあの子に知られるのが恥ずかしくてね」


 宗五郎は自嘲するように呟いてみせた。


「今更、態度を軟化してあの子に接することが出来るほど面の皮は厚くない。だからこのことは秋吉くんと私だけの秘密にしておきたい。こんな時間に呼び出してまで話がしたかったのは、そのためだ」

「なんというか……不器用ですね」


 本心を隠して裏でのみデレる姿は、どこか利央を思わせる。

 やはり血は争えないのかもしれない。


「別にわざわざ伏せなくても、その親心を話せば利央さんは分かってくれると思いますよ? 恥ずかしがる必要なんて……」


 利央は聡い少女だ。

 きちんと説明すれば、宗五郎の真意を受け入れて良い親子関係を築き直そうとしてくれるはずである。


「その築き直す覚悟が、私の方にまだないということさ」


 しかし宗五郎はそう言ってきた。


「利央が優しい子なのは分かっている。だが、いきなりその優しさに触れる度胸が私には現状ない。関係を築き直すにしても、それは今すぐではなくて、あの子の大学進学までにゆっくりと歩み寄る形が理想だと思っていてね」


 そう語る宗五郎の考えは理解出来る。

 今までまともに接してこなかった娘といきなり仲良く過ごすなんて難しいだろう。

 しかし進学までにまだ1年半の時間があればこそ、着実に歩み寄っていくこと自体は難しくない。

 その第一歩目が、宗五郎にとって子離れの予習たる『家出の続行』なのかもしれない。


「……どうだろうか。ひとまず1週間ほど、私の真意は隠しながら利央を預かってもらえないかね?」

「はい、それは全然構いません」


 宗五郎に恩を売っておけば後々良いことがあるかもしれない。

 純粋にこの不器用親父の力になりたいと思う気持ちもあった。


「ですがひとつ疑問が……。真意を伏せるのはいいとして、1週間後にどうやって利央さんを実家に戻すんですか?」

「そこはまぁ……私が折れたことにするさ。そこから門限の緩和も含めて、歩み寄りを本格的にスタートさせていこうと思うよ」

「なるほどです」


 宗五郎なりにしっかりと考えているようだ。

 であれば、飛竜は秘密の共有者になるのはやぶさかではなかった。


「分かりました。じゃあ利央さんのこと、親子関係が変わりゆく第一歩目として預からせていただきます」

「ありがたい。……ちなみにだが、利央に変なことはしないでくれるよな?」

「も、もちろんです……」


 実際は爛れた部分も出てくると思うが、そこばかりは秘密裏にしておくしかない。


「承知した。では利央のことを今しばし頼んだよ、秋吉くん」


 そんなこんなで、宗五郎の本意を知れた密会は平和的に終わることになり――利央を1週間程度、家出のテイのまま預かることになったのである。

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