第29話 迫るバースデー
「――朝からこういうことが出来るのも、んっ……家出の賜物ですね?」
「だな……」
宗五郎の真意を隠して利央の家出を継続させることになった翌日。
この日の朝は、他者からすればなんともけしからんことに、利央との寝起きえっちというオープニングイベントから始まっている。
朝6時半現在――希実香がすでに家を出ているそんな中、飛竜の部屋に侵入してきた利央から半ば強制的にこの状態へと持ち込まれてしまった形である。
女の子の日を挟んでいたため、利央は相当溜まっていたようだ。
(親父さんに悪い気分……)
信じて送り出してくれた娘と早々に変なことをシてしまっているので、即オチにもほどがあり申し訳ないとしか言えない。
しかし飛竜からしても数日ぶりの発散タイムゆえに遠慮は出来ず、結構がっつり利央との寝起きえっちを堪能することになったのだった。
「――ひと晩経っても連絡が来ないなんて、父は結構強情ですね」
さて、情事が済んだあとは共にシャワーを浴びて、それから朝食タイムとなった。
パリッパリに焼けたウインナーとソース香る目玉焼き、そしてフレンチトースト。
利央が用意してくれたそれらを美味しくいただきつつ、
「まぁ、親父さんにも色々考えがあるんだと思うよ」
と、それとなく肩を持つようなことを言ってみた。
昨晩のことがあればこそだ。
「ふぅーん、なんですか? 飛竜くんは父の味方なんです? それはなんだかむすむすしてきますね?」
「い、いや僕は全面的に利央さんの味方だから……」
そんな風に取り繕いながらも、
「……でも利央さんの方こそ、実は親父さんに心配されたがってたり?」
と訊ねてみた。
何も連絡がないことを気にしているのは、そういう感情の裏返しなんじゃないかと思ったのだ。
「……そ、そんなわけがないです……」
利央は目を逸らしてそう言った。
なんとも分かりやすい動揺である。
(なるほど……実は意外と構って欲しい感じなのかもな)
宗五郎から何も反応がないと、それはそれで気分が良くないのかもしれない。
(ホント、ツンデレ親子)
お互い、素直になり切れない間柄。
いっそのこと飛竜がそれぞれの真意をぶちまけたくなってしまうが、もちろんそんな無粋なことはせずに温かく見守っておくつもりである。
※
「――学生証、Yシャツの胸ポケットに入ったままでしたよ? 一緒に洗ってしまうところでした」
「あぁごめん。ありがとう」
朝食後、登校までまだ時間があるので利央が洗濯に取りかかってくれている。
脱衣所から戻ってきた利央に、抜き忘れた学生証を渡されたところだ。
「ところで飛竜くん」
「何か?」
「あ、いえ、やっぱりなんでもないです」
「え?」
「なんでもないので、気にしないでください」
明らかに何か言おうとしてやめた利央は、秋吉家の物干し竿の位置を確認したりし始めている。
(なんだよ……何を言おうとしたんだか)
利央の挙動が不審であるものの、何を言おうとしたのかなんて考えて分かるようなことではなく、ひとまず放っておくしかない。
一方で、飛竜は学生証に特に異常がないことを確認しつつ、
(あ……そういえばぼちぼち誕生日か)
生年月日の欄が目に入ったところで、あさって7月4日が自らの誕生日であることを思い出した。17歳を迎えることになる。
(ま……今年もどうせ親父と母さんのおめでとうLINEだけで終わる普通の1日さ)
ぼっち街道を突っ走っている飛竜にとって、誕生日は平常運転の1日である。
今年は利央が居るものの、わざわざ誕生日を教えようとは思わない。
そこまでして祝ってもらいたい欲求がないからだ。
誕生日アピールが恥ずかしいのもある。
(でもひょっとして……利央さんが今何か言おうとしていたの、この生年月日欄を見たがゆえの反応だったり……?)
もしそうだったとして、誕生日の話題を撤回したのはなぜか?
サプライズでも仕掛けることにしたのだろうか。
そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。
シュレディンガーの利央である。
「なあ利央さん……学生証覗いて何か気になる部分でもあった?」
気になったのでそれとなくさぐりを入れてみると、
「な、なんのことですかね……ぴゅふー、ぴゅふー」
あまりにも下手くそな口笛が返ってきたので飛竜は逆にビビってしまった。
(めっっっっっっっっちゃ怪しい……けど、変に期待するのはやめておこうか)
期待しなければ、どう転んでもダメージは負わずに済むのだから。
――そんな心持ちで迎えた誕生日当日、飛竜は度肝を抜かれることなるのだが、今はまだそれを知らない。
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