第27話 呼び出し
「――で? 利央ちゃんいつ娘になってくれるの?w」
さて、フィルター掃除を終わらせたあと、絵コンテ制作を挟んで夕飯タイムに突入している。とりあえず状況としては酒の入った希実香が暴走気味である。
「……母さん少し黙ろうか」
「だって夕飯一緒に作って楽しかったんだもんw」
微妙に噛み合っていない返答だが、その言葉自体にウソはない。
食卓にはパエリアやフォカッチャ、バーニャカウダといったイタリアンが並んでおり、それらは先ほどまで利央と希実香がキッチンで楽しそうに料理をしていた賜物である。
味はどれも一級品で飛竜は舌鼓を打っているが、酔っ払いマザーの浮かれっぷりだけが本当に若干ノイズと言える。
「で、利央ちゃんいつお嫁に来てくれますか~?w」
「飛竜くんとはあくまでお友達ですので、まだそういうのはちょっと」
「ふぅん、チューまでしてるのにお友達?」
「はい、まだそうです」
「むほほ、まだね?w」
(どんな笑い方だよ……)
エロ漫画でしか見たことのないむほほ笑いに飛竜は引き気味だが、希実香としては休暇最終日に良い思い出が出来たのかもしれない。
「親父さんから連絡来た?」
「まだ来てないですね」
それから幾ばくかの時間が過ぎ去り、午後9時過ぎ。
お互いに風呂を済ませ、夜の自由時間。
飛竜の部屋で共に課題をこなしつつ、宗五郎の動向を確認している。
「意外だな……そんなに心配してないとか?」
「居場所がここなのは分かっていると思いますので、身の危険という意味での心配はしてないのではないでしょうか」
「でも男のもとに居るわけでさ」
「父はお祭りの件で飛竜くんのことを買っている部分がありますので、変な手出しはしないという信頼を置いているのだと思います」
「だとすれば……ちょっと罪悪感が」
実際はすでに利央を手垢まみれにしてしまっているわけで。
「私が望んだことなんですから、気にしなくて大丈夫です。とにかく、そんな感じで飛竜くんを信頼しているからこそ、私との対立に集中と言いますか、連絡せずに純粋な我慢比べに持ち込んでいるのかと」
利央がホームシックになるのが先か。
宗五郎が「帰ってきてくれ」と音を上げるのが先か。
「ま、父がいずれ我慢の限界を迎えると思います。でも出来れば父には長く耐え忍んで欲しいですね」
「なんで?」
「その方がこうして一緒に居られる時間が増えるじゃないですか」
楽しそうに言われて、飛竜としてもなんだか和む。
状況としてはシリアス寄りのはずだが、雰囲気がそうなっていないのは良いことだと思った。
「私、夜に同世代の家で過ごしたことなんてありませんから、今はすごく新鮮な気分なんです」
「あぁそっか……」
家柄の影響で人が寄り付かず、門限の影響で遅くまで出歩けない。
そのダブルパンチで利央はお泊まり会的なイベントをしたことがないのだろう。
「でもそれを言ったら、なんの縛りもないくせに僕もお泊まり会はこれが初めてだ」
「ぷぷ。ぼっち可哀想です」
「利央さんがそれ言っちゃダメ」
「ですがそういうことなら、良かったです。お互いにまたひとつ、初めてを奪い合えましたね?」
「だな」
なんてことないイベントを、利央と2人で埋めていく。
今後もそれが叶う環境を作っていきたいと願いつつ、飛竜は課題をこなしたあとは絵コンテ制作に再び取りかかった。
数分のショートフィルムだが、多少ミステリ風味であるからこそ、分かりやすい絵作りをしたくて思いのほか難航中だ。
「そんなに焦らなくていいと思うんですよ。まったりやっていく、って以前飛竜くんが自分で言ってましたよね?」
「だけど少しでも早く進めたくてさ」
「まったく……根、詰め過ぎちゃダメですよ?」
呆れたように、けれど優しい眼差しで、利央はそれからも飛竜の傍で作業を見守ってくれた。
やがて午後11時過ぎに作業を切り上げて、こんな夜更けに利央が居るという状況に情欲が掻き立てられる部分があった。
利央の女の子の日は今日で終わっているとのことだが、しかし希実香の存在を考えると今夜はお預けにせざるを得ず(利央は気にしないと言ったが飛竜が気にした)、明日数日ぶりにえっちをする約束をして、今夜は大人しく休むことになった。
貸し与えた部屋に利央が戻っていき、飛竜は自室でもう少しだけ起きていることにして――思わぬイベントが発生したのは、そんな時のことだった。
【夜更けに済まない。今から神社まで来てもらうことは出来るかね? 話したいことがあるんだ】
仕事の関係でLINEを交換していた宗五郎から、まさかの呼び出しメッセージが届いたのである。
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