第20話 試し撮り、お楽しみ

 およそ8万円。

 なんの話かと言えば、飛竜が購入したアクションカメラのお値段だ。


「ついに買ってしまった……」


 購入して自宅に戻り、その夜である。


 カメラの購入でポイントが滅茶苦茶付いたので、それを利用して大容量のSDカードをタダ貰い出来たのが良かった。


 ともあれ、飛竜は夕飯を済ませたのちにいざ開封し、箱からアクションカメラを取り出している。


 見た目はリモコンっぽくて片手で握れるサイズ感。

 上部にカメラ、本体の中ほどには2インチのスクリーン付き。

 4K120fpsに対応していたり、他にも色々機能はあるが、とりあえずざっくりひと言にまとめると『クリエイター向けの高性能カメラ』である。

 YouTuberがたまに片手でスティック状のカメラを持っているところが映ったりするが、要はアレだ。


「完全に今の僕には宝の持ち腐れ」


 夢を中途半端に諦めないために、敢えて高いのを買って引き返せない状況を作るのが目的でコレを買った。

 なので現時点では豚に真珠、猫に小判の自覚がある。


「いつかコレに見合う男にならないと」


 時間は掛かるかもしれない。

 それでも焦らずに前を向いていきたい。

 色々めんどくさそうな家に生まれた利央に思いっきり踏み込んでも大丈夫な立場を作るためにも、出来れば高名な男になりたいがゆえに。

 少しずつ、成長していきたい。


「さてと、試し撮りは……明日の若菜さんに取っておこう」


 それが望まれたことで、飛竜も望むことだ。


 そんなわけで翌日、飛竜はカメラを持って登校して利央のランチ風景を撮ろうと思ったものの、8万の代物を不特定多数の巣窟に放り込んで紛失でもしたら怖すぎるのでやっぱり持っていくのはやめた。


 なので利央とカメラを引き合わせたのは放課後のことだった。


「ほうほう、これが例の」


 飛竜の部屋に招いて、黒光りするソレを見せた。


「電動歯ブラシみたいですね」

「……まぁ言わんとすることは分かる」


 形状は似てなくもない。


「これで飛竜くんには過ぎたるモノがふたつ出来ましたか。アクションカメラと若菜利央」

「否定出来ないのが悔しいよ」


 ちなみに今の発言は徳川家康が言われた煽りをもじったのだろう。

 弥助ネタもこすっていたし、利央は歴史が好きなのかもしれない。


(あるいは娯楽が禁じられてる分、歴史を掘り下げて楽しむしかなかったとか)


 もしそうなら、少し物悲しい背景だ。


「そういえば、若菜さんって娯楽と門限以外の不自由はホントにないんだよな?」


 試し撮りは2人で致すえっちを興味本位で撮ってみることに決めて、飛竜は利央と一緒にシャワーを浴び始めている。

 泡立てた互いの手で互いの身体を優しく洗う。

 こそばゆいが、スキンシップとしてたまらない。


「はい、一応それ以外の部分で困っていることはないです。それでも強いて言うなら、私が周囲に避けられる要因となっている家柄そのものが不自由ではありますかね」


 家柄。

 古くから続く地主の家系。

 地主というのは、多少オブラートに包まれている部分もあるのかもしれない。

 直接的にだというわけではないが、それに近しい性質があってもおかしくはない。

 宗五郎が役所に顔を利かせられる時点で、色々と普通ではない。


「飛竜くんは、どうして避けないでくれるんです?」


 利央がぽつりと訊ねてきた。

 飛竜はあまり迷うことなく、


「僕にとってそれは避ける理由にならないから」


 と伝えた。


「今年まで若菜さんに声を掛けたことはなかったけど、それは単純に僕が引っ込み思案だからであって、避けてたのとは違うし。若菜さんの方から来てくれればこの通り」

「私の家、怖くないです?」

「ないよ、って言ったらウソになるけど、まぁ、それはそれだし、やっぱり若菜さんを避ける理由にはならないな。少なくとも僕としては」


 利央との付き合いにおいて、なるべく人柄だけを見ているつもりだ。

 それに付随する部分は基本的にプラスにもマイナスにも評価しないようにしている。フラットということだ。


「変わり者ですね」


 そう呟く利央の表情は、多少感極まっているように見えなくもない。


「割り切りなんだから、そこを気にしないのが僕らの在り方だろそもそも」

「飛竜くんは割り切り過ぎなんですよ、まったく」


 そう言って泡まみれの身体でハグしてくると、ちゅっとキスまでされてしまった。


「でも飛竜くんのそういうところ、嫌いじゃないです」

「……若菜さんは逆になんというか、ねっとりし過ぎじゃない?」

「む……そんなことはないです。竹を割ったようなスタンスですから」

「その竹、割った部分糸引いてない?」

「カラッとしてます」

「絶対ウソだ」

「いいからさっさとお風呂上がって撮りますよ。むすむす」


 そう言ってシャワーヘッドを手に持ち、飛竜の泡を流し始めてくれる利央。


「なんにしましても……出来ればこれからも避けないでくださいね?」


 不意にぼそりと呟かれた。

 飛竜はもちろん首を大きく縦に振った。


 それから部屋に戻ったあとは、煩わしいことなんて忘れるかのように、真新しいレンズ越しに利央のつややかな姿を試し撮りしたのである。

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