第64話 防衛戦線
「――えっ、あなたあのショートシアターズルームを運営しているの!?」
所変わって、丘にある若菜家の別宅。
謎の黒髪ぱっつん浴衣女子との邂逅後、立ち話もなんだからということで、こちらにやってきた形だ。
ちなみに簡単な自己紹介を経て、利央をお姉様と呼ぶ彼女が何者なのか判明している。
彼女は
お盆なので祖父母の居るこちらに遊びに来ており、この別宅で過ごしているという。
飛竜は現状、優芽が泊まっている部屋に利央と一緒に足を運んでいる状態だ。
完全な和室で、優芽本来の部屋じゃないことも合わさってシンプルな内装。
全面畳張りで、足の低い木のテーブルと座布団、あと布団と彼女の荷物しかない。
「すごいじゃない秋吉くん! STRの動画、私の友達も面白いって言っていたわ!」
「あ、ありがとう」
飛竜を睨むかのような目付きで登場してきたときは完全に宗五郎と同種の人間なんじゃないかと警戒していたが、蓋を開けてみれば優芽は素直で明るい良い子であった。
ちなみに飛竜と利央より一学年若い高1だそう。
彼女の外見を細かく補足するなら、背丈は普通だが黒髪ぱっつんヘアーと童顔が相まってあどけない雰囲気が強い。
浴衣を着ているせいで座敷童子に見えなくもなかった。
「サインもらってもいいかしら!」
「え、僕の?」
「だって再生数凄いじゃない! 尊敬するわ!」
「おー……」
今の時代は足の速い男子ではなく、再生数を回せる男子がモテるのかもしれない。
外部の人間からこういう反応を貰うのが初めてな飛竜は、なんだか照れ臭い気分になりながらも優芽からマジックペンを受け取り、彼女が着替えとして持ってきたシャツの1枚に慣れないサインを行った。
「……これでいい?」
「全然オッケーだわ! これで友達に自慢出来る!」
自分が誰かに自慢出来る存在になっていることを自覚した飛竜は、自然にふへへと頬が緩んでしまった。
「――むすむすむすむすむすむす……っ!」
そんな中、隣に座っている利央がなぜかご機嫌斜めに頬を膨らませていた。
「飛竜くんデレデレし過ぎです……!」
「え、いや、デレデレしてるわけじゃないんだけど……」
どうやら妙な勘違いをされてしまったようだ。
「お姉様、もしかして嫉妬でもしているの? 珍しく男子と一緒に色々活動しているみたいだし、秋吉くんのことが好き的な?」
「むすっ……!? そ、そんなわけがないです……ぴゅふー、ぴゅふー」
いつだったかのように下手くそな口笛を吹いて誤魔化す利央であった。
どう見ても誤魔化せていないが、優芽は利央に全幅の信頼を置いているようでそんな誤魔化しでも納得しているようだった。
「まあそうよね。お姉様は恋愛にうつつを抜かすタマじゃないし。でもじゃあ、秋吉くんは今フリーってことよね?」
そんな確認をしてくると、優芽が飛竜の隣にずいっと這って接近してきた。
「ねえ秋吉くん、だったら私と付き合ってみない?」
「「――っ!?」」
飛竜と利央は一緒に飛び跳ねる勢いでビビり散らかした。
「私ね、飛竜くんは絶対にもっともっと大きな存在になっていくと思うの。だから誰かに唾を付けられる前に私が付けておこうかなと」
「い、いや、えっと……」
飛竜は参っていた。
こんな状況になるとは思わず、どう対処していいのか分からない。
いや、利央から他の誰かに乗り換えるつもりなど微塵もないのだが、この状況で優芽を難なくいなせるような男ならば、陰キャなどやっていないという話である。
「ねえねえダメかしら? 一応都内に住んでいるから、この帰省が終わってもそんなに遠距離にはならないと思うし」
「い、いや、なんというか……僕には好きな人が居るから勘弁して欲しい」
利央のことを明かすと面倒なことになりそうなので黙ったまま、ひとまずそう言ってみた。
「へえ、好きな人? お姉様のこと?」
「い、いや違うけど……」
「ふーん、誰に思い焦がれているのか知らないけど、じゃあ私はこの帰省中に私の方がその想い人よりも良い女だって分からせてあげちゃう」
「え」
「私ね、もう1週間くらい滞在する予定だから、そのあいだ秋吉くんに色々尽くしてあげるわ♪」
そんな宣言はある意味、死の宣告よりもおぞましいモノだった。
※
「――由々しき事態です……むすむす……」
もう遅いので別宅からおいとまし、ショートフィルム第二弾のオチは明日撮ることになった一方で、利央を自宅まで送り届けている現在である。
「いいですか飛竜くんっ。絶対に優芽の誘惑には負けないでくださいよっ」
「言われるまでもないよ……負けるつもりはない。勝つさ」
「それ死亡フラグです……!」
「いや大丈夫だって。こう言っちゃなんだけど、黄金井さんって容姿含めて子供っぽかったし、僕のストライクゾーンからは微妙に外れてるからさ」
「では……飛竜くんのストライクゾーンど真ん中を射貫くのはどういう女子なんですか?」
「そりゃ……」
飛竜は少し言い淀みつつ、それから照れ臭くも意を決して、
「……利央さんだよ」
と言った。
利央はその瞬間から顔を真っ赤にし始めていた。
「そ、そうですか……」
「そうだよ……だから大丈夫。僕は負けない」
STRの評判に比例する形で、飛竜に言い寄ってくる女子が今後はひょっとしたら増えていくかもしれない。
優芽の好意振りまき攻撃は、すなわちそんな戦線の始まりと言えるのかもしれない。
だからこそ飛竜は強固な防衛戦線を展開し、それに打ち勝っていかなければならないわけだ。
「信じて欲しい。僕は優芽さんに負けない。どういう言い寄られ方をしても、普段通りに過ごすだけだよ」
「そう、ですよね……はい、もちろん信じてます。飛竜くんなら優芽になびいたりはしないと」
月明かりに照らされながら、利央は穏やかに頷いてくれた。
こうして2人は手を繋ぎながら帰路に就き、やがて若菜家の門前でひっそりと唇を重ね合わせたのち、ひとまず解散したのである。
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