第65話 引き入れたいけど
翌日の秋吉家は、両親と梓紗が引き続き帰省中なので家人は飛竜1人の状態だった。
まだ午前の時間帯、そんな秋吉家には利央が訪れており、昨日撮り切れなかったショートフィルム第二弾のオチを撮っているところだ。
心霊スポット凸から帰ってきた陽キャ配信者アキヨシが、眠れぬ夜を過ごして迎えた翌朝、自分の部屋で戦々恐々と反省会ライブを行っていると、背後の窓に昨晩の追跡者(ショートフィルム第一弾の主人公ちゃん)が映り込んでおり、視聴者が思わず「後ろ後ろー!」と言いたくなるような、古典的なオチ。
その後に2段オチとして主人公ちゃんの「……ごはん……」という呟きが入ることで、実はお腹が空いて付いてきただけ、というコメディーチックな後味にした上で、主人公ちゃんはお腹が空くので別に幽霊じゃない=アフター動画のオチは警察の負け、という事実を視聴者に悟らせ、主人公ちゃんのキャラを濃くしたい意図がある。
STRのアイコンキャラとして育てたいがゆえに。
「――すごいわっ。こうやってショートフィルムを撮っているのね!」
やがてオチを無事に撮り終えたところで、この場に第三者のリアクションが木霊した。
それは何を隠そう、座敷童子じみた黒髪ぱっつん少女・
この時間帯は浴衣じゃなくて普通に洋服を着ている利央の従姉妹。
ひとつ歳下のあどけない高1女子は、STRの撮影風景に興味があるとのことで、こうして利央と一緒に秋吉家を訪れているのだ。
「こういう撮影の構図やシナリオは秋吉くんがすべて考えているのっ?」
「基本的にはそう」
「すごいわ! 秋吉くんは多才なのね!」
「い、いやそれほどでも……」
優芽の勢いに押され気味の飛竜。
飛竜を射止めるという昨日の意思表示は、この態度を見る限り冗談ではなさそうである。
「(じーーーーーーーーーーーー)」
まだ窓の外に居る利央がジッとこちらを眺めていた。
優芽が出過ぎた真似をしていないかどうか。
飛竜がデレデレしていないかどうか。
それをチェックするための眼差しだろう。
貞子ヘアーの状態なので洒落にならないくらい怖い。
「ねえ秋吉くん、私もSTRの役に立ちたいわ。何か手伝えることってないかしら?」
「いや……撮影面だと特にないかな。他の部分で手伝って欲しいところは……んー、どこだろうな」
「そういえば公式SNSの動きが鈍い気がするけど、それは戦略として?」
「あ、いや、それは単に疎かになってるだけ」
SNSでの広報戦略は飛竜の苦手分野だ。
利央も娯楽禁止だった影響でそちらの分野には疎いため、STRは現状公式アカウントがあるものの有益に扱えているとは言えない状態である。
「――だったら私に任せてちょうだいっ。もっと良い宣伝をしてあげる!」
そう言うと優芽はなぜか利央のもとに移動し、利央に背中を向けさせて写真を1枚撮っていた。それから飛竜のもとに戻ってくると、公式アカウントにログインさせて欲しいと頼まれた。
何をするつもりだろう、と訝しみながらもIDとパスワードを教えてみると、優芽は早速ログインして今撮った写真と一緒にこんな文面を投稿し始めていた。
【STRショートフィルム第二弾鋭意制作中! 楽しみに待たれよ!!😏】
――うおおおおおおお!!
――キター!!
――楽しみに待ってまーす😆
(おー……SNSの正しい使い方。しかも早速リプ欄が盛り上がってる……)
優芽のやり方に飛竜は関心してしまった。動画を待ってくれているファンからすれば、こういう何気ない進捗を知れるのはありがたいことなのかもしれない。
「メイキング的な写真を載せるのは良い運用方法だな……黄金井さんって普段からSNSやってる人?」
「もちろんよっ。現役JKでSNSやってない子なんてさすがに居ないと思うわ」
「(むすっ……!?)」
娯楽禁止令の影響がなくなったあともさして興味がないのかSNSをやっていない誰かさんがぎくりとしていた。
「今どきSNSの活用を怠るのはダメっ。こういう撮影風景を切り取って投下するだけでもファンの熱量は全然変わってくるはずだものっ」
「確かにな。勉強になるよ」
「にひひ、どういたしましてっ。秋吉くんを射止めるためならなんだってするわ♪」
「あ、ありがとう……」
想いを寄せられている部分は相変わらず参ってしまうが、それはそれとして普段触れ合わないタイプの人間とコミュニケーションを取るのは大切だなと思う。
学べることが多いからだ。
※
「――……私もSNSで映えを学んだ方がよろしいのでしょうか?」
お昼は秋吉家の食卓で3人一緒にお腹を満たした(利央と優芽が共同で炒飯を作ってくれた)。
その後、優芽は家族でお盆の墓参りとのことで、飛竜は利央と2人きり。
飛竜は編集作業に取り組み、利央は傍でお世話係。
その途中で互いが互いを求め合い、エアコンが効いた飛竜の部屋で2人は汗ばみながら身体を重ね合ったのち、現在はお風呂中である。
「いや、無理にSNSを学ぼうとしなくていいよ。あれは現代の魔窟だから」
クールダウン目的でお湯ではなく水に浸かっている。
広くはないバスタブで身体を向かい合わせてのことだ。
「個人情報の特定とかも怖いしさ」
「ふむ、私はそれと合わせてレスバしてしまうかもしれません」
「……余計にSNSやったらダメだな」
言い返せなくなって最後は「むすむす」だけを書き連ねた発狂リプでゴリ押しする姿がなんとなく想像出来てしまう。
「とにかく利央さんは今のままで大丈夫だから」
「では飛竜くんも優芽になびかず、引き続き今のままでお願いしますね?」
「言われるまでもないけど、所詮はセフレなのになびかれたら困るんだ?」
ちょっとした軽口を叩いてみる。
すると利央は真面目な表情で、
「飛竜くんに私以外の手垢が付くのはイヤなんです」
「……っ、そ、そっか……」
飛竜が名実を成すまで、この表面的なセフレ関係を続けることになっている。
それでもダダ漏れしてくる利央の想いは当然のようにありがたい。
「ですから、優芽にはなびかないでくださいね? なびいたら飛竜くんのアレをむすむすしてむすむすします」
ピー音代わりに使われたむすむす。
きっとおぞましい言葉を伏せたに違いない。
でも飛竜は特にうろたえなかった。
「大丈夫。なびかないよ」
「ですが念のため、今からもっと戯れてもいいですか?」
そう言って利央が身体を迫らせてくる。豊満な乳房を飛竜の胸板に重ね合わせてむにゅりと形を変えるほどの密着度合いである。
「優芽が何をしてきてもいいように、飛竜くんの元気をあらかじめ全部搾取しておけば安全ですもんね?」
「……り、利央さんはサキュバスか何か……?」
「サキュむすです」
こうして謎の淫魔が爆誕したのち、飛竜は水風呂とは比べ物にならないぬくもりの中でしっかりと搾取されたのである。
※
「……お、なんとか4万は超えたか」
午後7時過ぎ。
ショートフィルム第二弾の編集作業の合間にチャンネル登録者数を確認してみたところ、4万人目前の足踏み状態が解消されていた。
「黄金井さんのSNS戦略が良い方向に働いてくれたのかもな……」
そんな分析の言葉は、誰かに言ったわけではなく独り言である。
黄金井家との食事会があるとのことで、利央は既に帰っているからだ。
「……黄金井さんがずっと広報やってくれないもんかね」
この結果を受けてそう思う。
アカウントの権限を渡しておけば、優芽が帰省を終わらせて地元に帰ったあともSNSを運用してもらうことが出来る。
宣伝用の画像や動画といった素材はこちらから優芽に提供し、それを活用してもらえばいい。
飛竜は動画の構想を練ったり編集作業で忙しく、利央はSNSに疎い。
もし優芽が広報担当になってくれれば心強い限りである。
しかし問題があるとすれば、
「……引き受ける代わりに変な条件出されそうで怖い」
飛竜へのアピールとしてタダですんなり引き受けてくれる可能性もあるが、それをダシに使われる可能性だってあるかもしれない。
しかしどう転がるにせよ、次に会ったときに話すだけ話してみようと考えつつ、今宵はひとまず第二弾の編集作業に没頭し続けたのである。
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