第63話 お姉様
「――どもー、イケイケチャンネルのアキヨシでぇーす。うぇーい」
さて、モキュメンタリーホラーの制作が決まったその日の夜――飛竜はカメラを回しながらそんなセリフを口にしていた。
若菜家の私有地である『神社裏の鬱蒼とした丘(ほぼ山)』のふもとを訪れ、その地をいわくのある場所に見立てた『心霊スポット突撃モキュメンタリーホラー』の撮影を開始しているところである。
飛竜は『心霊スポット突撃陽キャ配信者・アキヨシ』という役柄だ。
顔は出さずに視点カメラを回している。
本当に配信しているわけではなく、そういうテイの撮影である。
(このショートフィルム第二弾のシナリオは、配信者アキヨシが心霊スポット凸配信の最中にショートフィルム第一弾の主人公ちゃんと出くわして、なぜか追いかけられ始める鬼ごっこが話の軸)
アキヨシは無論、怖くて逃げる。
けれど主人公ちゃんは構わず追いかけてくる。
(最終的にはなんとか自宅まで逃げ切るアキヨシだけど、彼が安堵する一方で視聴者だけに分かる形で主人公ちゃんが窓に映り込んで「後ろ後ろー!」ってなるオチ)
そして画面が暗転したあとに掠れ声で「……ごはん……」と主人公ちゃんの呟きが入ることで、お腹空いて付いてきただけかい、となる二段オチである。
(ホラーとギャグは紙一重)
そしてそのオチによって、主人公ちゃんはお腹が空く=幽霊ではないことを示唆し、アフター動画のラストシーンは警察ではなく主人公ちゃんの勝利に終わったということを悟らせることも可能だ。謎はきっちり回収していくスタイルである。
「――じゃあとりあえず丘での撮影はここまでかな」
アキヨシが丘のふもとへと逃げ戻るシーンまで撮り終えたところで、この場での撮影にカットを掛けた。後ろ後ろー! のシーンはこのあと飛竜の自宅で撮影予定だ。
「スピーディーに終わりましたね」
撮影開始からここまでリアルタイムで約15分ほどの撮影時間だった。飛竜はその間、ノーカット撮影を続けていた。ノーカットにこだわった理由は、凸配信の絵面をそのままショートフィルムに落とし込みたいからだ。自宅に戻ったあとのシーンも、反省会ライブと称したアキヨシの配信映像として撮り切るつもりだ。
「モキュメンタリーは『リアリティーのある雑さ』が大切だから、完璧なカメラワークとか完璧な演技を意識しなくていい分、撮影自体はラクなんだよ。普通の撮影ならリテイクするようなミスもあんまり気にしなくていいから、スピーディーに終われる」
「変なモノが映り込んだりしない限り、リテイクは不要ということですか」
「そういうこと。まぁその万が一があるから、一応映像のチェックはしないとだけど」
言いながら、飛竜はアクションカメラの2インチスクリーンで撮影した動画を見直し始める。
「ふふ、飛竜くんの陽キャ配信者の演技面白いですね」
一緒に精査中の利央が隣で笑っている。
「……普段の僕を知ってるからこそ面白い、ってことだよな?」
「はい、演技自体は悪くないかと」
そんなお墨付きを貰いながら、引き続き動画をチェックしていた飛竜は、
「……ん?」
撮影時には気付かなかった――とあるモノに気付いてしまう。
「なあ利央さん……今のシーンに誰か映ってなかった?」
「え?」
「利央さんに追いかけ回されてるシーンの、途中辺り……」
動画を巻き戻し、気になったシーンをもう一度見直す。
「あ、ほら、ここ……」
そのシーンを一時停止してみると、画面端の木の合間に誰かが佇んでいた。
恐る恐るズームしてみると、浴衣姿の見知らぬ少女であることが判明した。
少女と言っても高校生くらいに見える大人びた黒髪ぱっつんの女子だ。
そんな謎の浴衣少女が飛竜のことを睨むように見据えているのである。
「うわ……」
飛竜は怖気立った。
ガチモンが映り込んでしまったのかもしれない。
「あ、その子は……」
一方で、利央は何かを知っているかのようなリアクションだった。
そして――
「――お姉様」
背後からだった。
「本日帰省した私は色々と分かっていないので教えてちょうだい――その男は一体、誰なワケ?」
「――っ」
そう。
背後から急に現れたのは、その映り込んでしまった浴衣姿の黒髪ぱっつん少女だったのである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます