第91話 充電
「……どういうCMが良いんだろうな」
日曜日。
昨日の支社訪問を経て、飛竜たちにCM制作そのものの裁量があると発覚した。
ゆえに飛竜はこの日、事務所でCMの中身をどうするかについて考えている。
「主人公ちゃんが自分のボサ髪をヴィダルムスーンのシャンプーでツヤツヤにする、だけじゃ何も面白くないしな」
「それだとホラー要素、ないですもんね」
回転椅子に座り、クルクル回りながら悩ましく唸っている飛竜をよそに、利央が麦茶のおかわりを飛竜の空のコップに注いでくれている。
今日は二人きりである。優芽は家族との予定があるとのことで、無理せずそちらに時間を費やしてもらうことになった。
「そうなんだよ。どうやってホラー要素を落とし込んだCMにするのかが改めて考えると結構難しい気がしててさ……」
シャンプー×ホラー。
やりようは色々あるものの、15秒というCMの尺を考えた場合に、なかなかどうして難しいなと思ってしまう。何が難しいのかと言えば、
「ホラーの良さってさ、言い方が正しいかは別にして、だらっと表現しても冗長にならないことが強みだと思うんだよ。怖いシーンが来る前の静けさとか、ああいう一見無駄に思える時間がホラーをホラーたらしめる大事な間なわけだ。でも15秒しか尺がないってなると、その何もない恐怖演出の時間が使えなくなってしまう」
「間が消える、ということですか?」
「そう。言い換えればそれ。CMの尺だとホラーの間が消えるんだ。たとえば古今東西、評価の高いホラー映画って十中八九ジメッとしてて、じわっと怖さを描いてて、ハイスピード展開がウケたり、ってのはない。ホラーはテンポが良すぎるとギャグになるから、敢えてテンポは遅らせて作らなきゃいけないんだよ」
ホラーとギャグは紙一重、というのはよく言われることだ。そしてそれは実際にそうで、ホラーのテンポを詰め込んでみるととても分かりやすい。
「貞子が井戸から出てくるシーンが怖いのだって、ゆったりとしてて独特の間があるからだ。アレが軍隊イズムでキビキビ動いてたら怖さは半減じゃ済まない」
「確かに。では15秒というどうしてもキビキビさせないといけない尺でホラーを表現するのは至難というわけですね?」
「そう。だから今回の内容に関してはホラーってよりは、ちょい不気味だな程度の映像でいい、というかそれが限度だなって思ってる」
クライアントの穂乃花もガチホラーを望んではいなさそうだった。
あくまでショートフィルム第一弾の主人公ちゃんを主役にした、ちょっとしたオマケ映像のつもりで作って欲しい、と言われている。
「でしたら、座敷牢時代の主人公ちゃんにフィーチャーしましょうよ。数日に一度しか入らせてもらえないお風呂で、主人公ちゃんがヴィダルムスーンのシャンプーでつかの間の癒やしを得る、という流れです。座敷牢のシーンから始まることで、ちょい不気味だなという雰囲気はキープ出来そうですし、初見のインパクトもあるかなと」
「なるほど……」
座敷牢に束縛されていた頃の時間軸でヴィダルムスーンのCMを撮る。
自由を奪われていたその頃、ヴィダルムスーンで自分を綺麗にする瞬間だけが私の生き甲斐であった、というような絵作りが出来れば、案外ストーリー性のあるCMになってくれそうだ。撮り方次第で不気味さの担保も出来るだろう。
座敷牢から始まることで、主人公ちゃんを知らない人でも「なんだこりゃ」と興味が持てそうなのは利央の言う通りだし、主人公ちゃんを知っている人に関しては「おー、あの頃の主人公ちゃんにこんな裏側が」と楽しんでもらえるはずだ。
悪くない、と飛竜は思った。
「よし、じゃあそれで行こうか」
「え、いいんですか? 私が今ちょっと思い付いたアイデアに過ぎませんけれど」
「結局主人公ちゃんを演じてるのは利央さんだからさ、撮ってるだけの僕よりも、利央さんの方が主人公ちゃんの内面をしっかり考えたりしてて理解が及んでると思う。そんな利央さんが主人公ちゃんを映えさせるCMとして最初に思い付いたアイデアがそれだって言うなら、多分それ以上はないはずなんだよ」
実際そのアイデアは悪くないわけで。
飛竜としては文句なんてあろうはずもなかった。
「でもまた利央さんちを撮影場所として使うことになるけど、それは大丈夫?」
「あ、はい。特に問題はないかと」
「じゃあ午後から撮りに行く感じで」
そんな風に予定を決めたあとは、利央がランチを作ってくれることになった。
食べ過ぎて動けなくなってもアレなので、軽めにむすそば(ただの蒸し焼きそば)を作ってもらい、それでお腹を満たしたあとは、
「そういえば、私にツヤを生み出しておいた方がいいかもしれませんねむすむす」
「ツヤ?」
「あでやかさ、とでも言い換えましょうか。際どい入浴シーンは撮らないにせよ、肩から上のカットでシャンプーシーンなどは撮るわけですよね? でしたら、そのわずかなサービスカットでヴィダルムスーンにふさわしいセクシーさが表現出来るように、私はお肌を仕上げておきたいです」
「あぁそういう……じゃあどうしよう。乳液とか塗っとく?」
「いえいえ、そんなことよりももっと私のお肌をツヤツヤに仕上げてくれる魔法の刺激があるじゃないですか」
「……それって?」
訊ねると、利央は不敵に笑いながらこう言った。
「――えっちです♡」
さもありなんであった。
というわけで「さあ早く脱いでくださいむすむすむす……っ!」と衣服を剥ぎ取られた飛竜は、その後一糸まとわぬ状態で事務所の屋上に連行されてしまう
このビルは飛竜の事務所が最上階にあり、屋上は最上階のテナントに付随する場所だそうで、すなわち屋上は飛竜のモノであった。
決して不法侵入ではない中で、しかしそこでヤりたがる利央には些かため息が出てしまうものの、
(ま……程よいインモラルさが利央さんにとっての潤いなんだろうな)
元々抑制された生活だったからこそ、その反動でスリルを求めている節があるのは今に始まった話ではない。
利央がそれでお肌をつるっとさせて映像映えが上がるならば、お安い御用である。
こうして飛竜は、利央の子供部屋へと土足でお邪魔することになった。
周囲のビルからの視線に気を付けながら、柵に手を置く利央を後ろから。
まだまだ残暑激しい9月上旬。
滴るのは汗か、それとも。
「むすー……♡」
やがて、事が済むと利央は日陰のコンクリに心地よさそうな吐息と共に腰を下ろしていた。
空気が抜けるような音がして、利央は勿体なさそうに自分の下腹部を眺めている。
「……まあいいでしょう。それではシャワーを浴びてからウチに行きましょうか」
「あ、うん……そうしよう」
英気は養った。
お肌つるりんモードの利央を引っ提げて、いよいよCM撮影に突入である。
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セ○レが全然割り切ってくれない 新原(あらばら) @siratakioisii
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