第16話 深まる結び付き
お祭りはいよいよ佳境だ。
時間帯は夕暮れ。
オレンジと紫のコントラストに覆われた空の下、神社の境内にたくさんの人が集まってきている。
祭りのメインディッシュ――利央による神楽がまもなく始まるからだ。
現状は開始時刻の1分前。
利央は今、舞台袖で待機中だろう。
(ふぅ、緊張してきた……)
自分が舞うわけでもないのに、飛竜の心臓は落ち着かない。
去年まで、利央の神楽は飛竜にとって特に感慨はなかった。
年1のお祭りで可愛い同級生がなんかやってる。
その程度の認識。
しかし今年はそうもいかない。
(……若菜さんは僕のために舞う、って言ってくれた)
綺麗に撮ることがそれに対する報いだろう。
ゆえに飛竜は現在、舞台の正面にある神社本殿――その屋根に登っている。
人混みに左右されることのない、唯一無二のアングル。
本来、補修作業のときにしか登れない場所だが、
『そうまでして利央を撮りたいのか。良い執念だ』
と、利央の父・宗五郎の親バカスイッチをほどよく刺激した結果、こうして許可を貰えた形である。
(さて……そろそろか)
腕時計を見れば開始時刻になっている。
と認識した矢先――
しゃん、しゃん。
突如として鳴ったのは鈴の音。
直後、舞台袖から1人の巫女が現れた。
無論、着飾った利央である。
彼女の登場に合わせて、ライトアップされた舞台めがけて幾つか瞬くフラッシュの光。
利央がそんな衆目に怖じ気付いた様子はなく、どこまでも澄んだ表情で巫女神楽を舞い始め、この場は静謐な空気に包まれてゆく。
手の先から足の先。
全身を使って行われる繊細で洗練された舞い。
この場の誰もが息を呑む中、
(……神楽って、こんなに綺麗だったんだな……)
利央に失礼な話だが、飛竜は生まれて初めて好意的に神楽を眺めていた。
退屈な踊りだと思っていたモノが、演者本人と親密になったことで見方が変わった。
単純過ぎるものの、頑なに見方を変えないよりは柔軟でいい、のかもしれない。
(あ)
レンズ越しの利央が、ふとこちらに視線を向けて微笑んだことに気付く。
どうやら飛竜の居場所は把握されているようだ。
特別な1人として認識されている証。
誇らしいのと同時に、背筋がぴんと伸びる思いだ。
(……しっかり撮ろう)
改めて気合いを入れ直す飛竜。
でないと、あとでどんなお叱りを受けるか分かったものではない。
※
「ふぅ、成し遂げてやりました」
「お疲れ、若菜さん」
1時間ほどの演目をやり遂げた利央が、体操着に着替えた状態で事務所まで戻ってきた。
先に戻っていた飛竜がペットボトルのお茶を差し出すと、利央は汗ばんだ顔を手で煽ぎながらそれをごきゅごきゅと勢いよく飲み始める。
裏方はみんな忙しいため、事務所の中にはやはり他に誰も居ない。
そんな中、利央は改めてひと息つきながら、
「きちんと撮れましたか?」
と訊ねてきた。
飛竜は頷きつつも、神妙に肩をすくめた。
「撮れたつもりだけど、完璧とは言えない。まだペーペーの域を出ない、って自己評価かな」
「なんで急に電子マネーの話を?」
「……ん? ぺーぺーって別に死語じゃないよな?」
「ふむ……おっぱいのことですか?」
「ぱいぱいじゃない」
日本語は難しい。
「ともあれ、撮れたなら良かったです。私としても、飛竜くんにきっちりと神楽を捧げられたつもりなので」
「あ、うん……ありがとう。綺麗だったよ」
「いえいえ。ところで、このあとはどうします?」
「このあとって……祭りはもう花火が上がってフィナーレだよな」
飛竜はもちろんそれも撮らないといけない。
「若菜さんは門限過ぎてるけどどうするんだ?」
「お祭りの日は毎年門限に縛られないんです」
「あ、そうなのか」
「なので神楽が終わったあとは毎年露店で夕飯を買って秘密の観覧スポットで1人静かに花火を観てから帰るんです。今年は飛竜くんもそこに来ます?」
「……いいのか?」
「良くなかったら誘ってません」
道理である。
そんなわけで、夕飯を調達してから利央の観覧スポットへ向かった。
神社の裏手にある丘(若菜家の私有地らしい)を少し登ったところにある1軒の平屋。
その縁側が絶好の花火スポットだそうで、飛竜は利央と並んで腰を下ろし、花火の開始を待つことになった。
花火までは少し空くので、まずは夕飯を済ませた。
それからお互いに身体を求めたくなったのは、神楽を通じてまたひとつ精神の結び付きを深めた若い男女としては当然のことかもしれない。
「……私、汗臭いと思いますけど平気です?」
「大丈夫。あ、でも……アレ持ってる?」
「持ってないんです……けど、今日は初めてそのままでシてみませんか?」
「……ほ、本気?」
「はい……実は先日からお薬を試し始めていまして。一応最後は外でお願いしたいんですけど、どうでしょう? 今日は忙しかった分、大胆に発散してみません?」
と言われて、断る謂われはどこにもなかった――。
やがて上がり始めた花火の明かりが、密着する2人の影を浮かび上がらせてゆく。
飛竜は忘れずに花火をカメラに収めているが、意識はほとんど利央に向いていた。
「――……ですよ、飛竜くん」
花火の炸裂音によって、何か呟いた利央の言葉の前半部分が聞こえなかった。
それでも利央の表情は穏やかなので、きっと悪いことを言ったわけではないのだろう。
そう思うさなか、花火がまたひとつ炸裂する。
こうして初夏のお祭りは万感のフィナーレへと向かってゆく。
初めて公的な撮影役を担った初夏の始まり。
今日という日に培った糧が、いずれ飛竜の人生に潤いをもたらすのは間違いない、はずである。
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