第15話 意義

「おはよう若菜さん」

「あ、おはようございます飛竜くん」


 週末――日曜の朝を迎えている。


 地域のお祭り当日であるこの日、飛竜は午前9時に神社脇の事務所を訪れていた。


 公式の撮影記録員として、裏方の集合場所にやってきた形だ。


「若菜さんもスタッフやるの?」

「そうです。夜の神楽まで暇ですから、見回り要員を」

「なるほど」

 

 動きやすさを重視してか、利央の格好は学校のジャージ姿だ。

 それは飛竜も一緒である。


「――では本日は安全なお祭り運営のために、皆さんご尽力のほどよろしくお願い致します」


 利央の父、宗五郎が責任者としての挨拶を行ったのち、スタッフたちはそれぞれの持ち場へと散ることになった。


 飛竜も撮影記録員として始動。

 すでに賑わいつつある神社周辺の露店などを、スマホカメラ(手ぶれ防止用ハンドグリップ装着済み)で撮影しながら歩く。

 何気ない光景をデジタルデータとして残すのが飛竜の役目である。


「――飛竜くん、ぶいぶい」


 そんな折、真顔ダブルピースがレンズのすべてを突如として埋め尽くした。


「あれ……若菜さん?」


 そう、見回りに散ったはずの利央が、なぜか飛竜の前においでなすったのだ。


「……なんでここに?」

「父からの命令です。『危ないからお前は一人で見回りに動くな。秋吉くんの撮影を補助する形で一緒に行動していなさい』とのお達しがありまして」

「あぁ……なるほど」

「相変わらず親バカな父ですが、飛竜くんと一緒に行動出来る状況を作ってくれたのはグッジョブですね」


 どこか嬉しそうに言いながら、利央はくるりと隣に並び立ってくる。


 こうして利央とのペア活動が始まった。


 見回りと撮影を兼務しつつ、時折金魚すくいや射的で遊んだりする。


「そういえば、若菜さんって神楽のリハーサルはしなくていいの?」


 木陰で少し休憩しながら訊ねると、利央は首を横に振った。


「しませんね。小3からやり続けて今年で9年目ですもん。身体が覚えていますので」

「すごいな」

「飛竜くんも今年から撮影役を板に付けて父に気に入られてくださいね? アレで結構チョロいので、私をお嫁にするのは意外と簡単かもしれません――あぁでも、現実的な路線で言うと飛竜くんがお婿に来る形ですよね、家柄的に」

「なんの話だっけ……」


 祭りの話が急に婚姻の話にすり替わっているのが怖い。


「こほん……申し訳ありません。突発性幸福な未来妄想病の発作です」

「病院行く?」

「行きません。ともあれ、撮影役を頑張って欲しいわけです。ちなみにこのお祭りで一番撮らなきゃいけないモノって何か分かります?」

「まぁ……神楽?」

「それは当然として、もうじき始まる神輿みこし行列も忘れちゃダメです」

「あー、それかぁ」

「神社を出発して大通りを練り歩くアレは重要文化財なので、公式撮影員としてしっかり記録しないといけません」

「アレって行脚し終わるまで3、4時間かかるけど、ひょっとしてそれを全部?」

「はい」


 飛竜は白目を剥きそうになった。

 それだとランチどころか水分補給もままならないかもしれない。


「ふふ、飛竜くんの懸念が透けて見えますね。でもご安心を。私が食料や水を確保してくれば済む話ですし、実際そうしますので」

「……あぁそっか、助かるよ」

「いえいえ、大切なパートナーを支えるのは妻の……じゃなくてセフレとしての務めですから」


 もはや何も誤魔化せていないが、ツッコめば機嫌を乱すことになるのは間違いないので、ひとまず聞き流す他なかった。


   ※


「はあ……疲れた」

「ご苦労様でした」


 午後3時過ぎ。

 昼前から始まった神輿行列をきっちり最後まで撮り終えた飛竜は、神社脇の事務所まで利央と一緒に戻り、ひと息ついていた。

 今のところ、室内は他に誰も居ない状態だ。

 

「追加のヌプリスエット置いておきますね。水分補給大事です」

「ありがとう……ていうか、若菜さんはこのあと神楽もあるし大変だな」


 飛竜とほぼ同じことをしてきて、更にやるべきことがある。

 それでも利央はイヤな顔ひとつしていない。


「神楽舞うの、やっぱり好きだったりするのか?」

「あ、いえ、実は全然好きじゃないんです」

「え……」

「父から言われるがままに始めただけですからね。小学生の頃からこれまで、毎年なんのために神楽を舞っているのか、意義を見い出せたことはありません」


 忌憚のない言葉だった。

 それがきっと利央の素直な気持ちなのだろう。


「ですが、今回の神楽には初めて意義を見い出せそうなんです」

「……って言うと?」

「飛竜くんが構えるレンズに、良い格好を見せたいなと思っています」


 そう言われ、飛竜はハッとしてドキッとした。


「今しがた話した通り、私にとって神楽は、ただ言われたことをやっていたに過ぎません。誰かのために舞っている感覚はなくて、淡々とノルマをこなす感覚でした。でも今回の神楽はそうじゃなくて、今一番私の人生に潤いをもたらしてくれている他人こと飛竜くんに捧げよう、って思える気持ちが強くあるんです」

「若菜さん……」

「たくさんの人が観に来ると思いますが、私は他の誰でもない飛竜くんのためだけに今夜は舞います。ですから、しっかりと綺麗に撮ってくださいね?」


 グッと来た。

 照れや歓喜といった感情ではなく、一種の使命感を携えながら、飛竜はこくりと頷いた。


「一番映えるアングルで収めるよ、若菜さんの大一番、しっかりと僕のレンズで」

「本当に、しっかりと、お願いしますね?」


 上目遣いに、イタズラめいた笑みで、飛竜を覗き込んでくる利央。


 そんなやり取りのあと、2人はどちらからともなく顔を寄せてキスをする。


 割り切りだけど、割り切れない。


 そんな2人のための時間が、もうまもなく始まろうとしていた。

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