第78話 忘れてること

「なんとか今回も良いスタートが切れたか」


 夏休みが残り少なくなってきたこの日の日中。

 飛竜は編集を済ませたショートフィルム第二弾を公開し、その1時間後くらいにポジティブな反響が集まっているのを見てホッとしていた。


 ショートフィルム第一弾の主人公ちゃんをフィーチャーしたモキュメンタリーホラーであるのが、言うに及ばずショートフィルム第二弾の内容である。

 心霊スポット凸配信者アキヨシが織り成す主人公ちゃんとの遭遇と逃走劇。

 最後は主人公ちゃんに家まで押し掛けられてしまうが、実は空腹ゆえに食料を恵んで欲しかっただけというオチ。


 コメント欄では『主人公ちゃん生きてたんかワレぇ!』『ウチにも来てください』などのコメントが寄せられている。評価は概ね上々であった。


「はあ、公開するたびにハラハラする」

「そして悪くない評価を得てひと安心するまでがワンセットですね」

「その通り」


 利央の言葉に同調した飛竜が今居るのは事務所である。

 ちょうどお昼の時間帯で、利央お手製のランチをいただいているところだ。

 献立はシンプルなカルボナーラ。

 飛竜はいつものように舌鼓を打っている。

 安定の美味しさである。


「今回は初動が特に良いですよね。投稿1時間程度でもう1万再生されていますし」

「登録者数の増加に比例して初動が良くなるのは当然だけど、今回は黄金井さんの広報活動が割と影響してるのかもな」


 優芽は今日この場に居ないものの、公開に合わせてSNSでのPRをフル稼働させてくれている。

 自らを『広報マスコット・座敷童子ちゃん』として顔出しを行い、自撮り動画による宣伝を投稿しているのだ。

 そんな優芽のキュートさに心掴まれた諸兄が新規として入り込んでくれたのか、想定よりも視聴回数の伸びが良いのである。


「優芽のおかげだけ、ですか? むすむす」

「いやもちろん利央さんの影響も絶大だよ」


 第一弾からずっと利央が演者として完璧だからこそ、このチャンネルは成長著しいのだ。利央なくしてSTRは成り立たない。


「でしたら、何かお礼をいただきましょうか」

「お礼?」

「先日、優芽には頭なでなでをしていたじゃないですか」

「あぁそっか……利央さんも個別に報酬が欲しいんだな?」

「そういうことです」


 確かに利央にも何かあげないと不公平である。


「でも何がお望みで?」

「むふん、贅沢は言いません。食後に時間が許す限りむすむすしていただければそれでいいんです」


(隠語扱い……)


 むすむす。

 文脈によって意味が変幻自在に変わる便利ワードにもほどがある。

 ともあれ。


「まぁ……それでいいなら僕は全然」

「こんなことを聞くのは怖い部分もあるんですけれど、私のことばかりほぼ毎日のように抱くのって飽きませんか?」

「それはないよ」


 即答である。


「むしろ利央さんこそどうなんだ?」

「愚問過ぎるのでいちいちそんなこと訊かないでくださいむすむす」

「愚問の言い出しっぺはあなたですよね……?」


 なんにしても、まだまだ興味を持ってもらえているようだ。

 相変わらずまったく割り切れていないが、それはお互い様なので飛竜は何も言えなかった。



   ※



 そんなわけで食後――軽くシャワーを浴びてから二人のお戯れが始まった。


 場所はもちろん仮眠室のベッド。

 湯上がりゆえに火照った利央はバスタオルを巻いており、まずはそれをはだけさせる。

 そうすれば当然のようにたわわな果実があらわになった。

 シミひとつなく、ツヤとハリが満点。

 指を這わせれば手触りよく埋没し、ずっしりとした重みさえ感じられる。

 ツンと上向いたそんな果実に指を這わせながら、利央がキスを求めてきたのでそれに応じたりして気分はもう最高だった。

 まもなく飛竜が赤子のように果実の頂点に吸い付いても、利央はイヤな顔ひとつせずにむしろ慈愛に満ちた表情でそっと抱き寄せてくれる。


 繋がる前にお互いを丹念にほぐすのは大切である。

 まずは飛竜が攻めているが、やがて飛竜も挟まされ、舐められ、頬張られ。

 天にも昇る気持ちだが、本番はもちろんこれからだった。


「――おい、誰も居ないのか?」

「「!?」」


 ところが、ちょうど収めるべきものを収めるべきところに収めた瞬間に仮眠室前の廊下から予期せぬ声が聞こえてきて飛竜と利央はビクッと動揺することになった。

 まさかの宗五郎である。


(ど、どうして親父さんが……)


 なぜかおいでなすったようで、言うに及ばず割とヤバい状況だ。

 仮眠室には鍵がないのだ。ドアを開けられたら終わる。


「と、父さん……?」

「あぁ利央、仮眠室で休んでいたのか」

「……ど、どうしてここに……?」


 飛竜が冷や汗をダラダラさせながら息を潜め始めた一方で、利央が恐る恐るドアの向こうに問いかけていた。


「まぁ、これといって用事はない。単に仕事の途中に通りかかったのでな、休憩がてら立ち寄ったに過ぎん。一服したらすぐに出る」


 そう言って換気扇のスイッチがパチンと押される音が響き、続いてライターの着火音も鳴った。


「ふぅ……そういえば秋吉くんは居ないのか? 荷物はあるようだが」

「ひ、飛竜くんは諸用があるとのことでお買い物に出ています……」


 利央がそう誤魔化してくれたが、出掛けた設定にしたせいでこの状況がバレたらもう何も言い逃れは出来ないだろう。


「そうか。……時に利央、お前は秋吉くんのことをどう思っているんだ?」


 急に飛んできたのは思わぬ質問だった。

 宗五郎なりに探りを入れてきたのかもしれない。


「どう思っているか……ですか?」

「ああ。なぜお前が秋吉くんと友人関係にあるのか、今思えば私はそれをよく知らない。お前は何を思って秋吉くんの傍に居る?」


 答え方を間違えれば、少々面倒なことになるかもしれない。

 利央がどう応じるのか固唾を呑んで見守っていると、利央はほどなくしてこう言った。


「私は……飛竜くんに恩返しがしたいんです」

「恩返し?」

「昔、助けていただきましたので」


(……助けたっけ?)


 色々と覚えがないものの、飛竜は小学校低学年の頃に交通事故で頭を打った影響でその時代の記憶が一部吹っ飛んでいる。

 ひょっとしたらその頃に何かあったのかもしれない。


「そうか……あのときの」

「はい……」

「まぁ、だが……秋吉くんはまだ若く、青い。入れ込み過ぎないようにな」


 そんな言葉のあと、宗五郎は一服し終えたようで、


「では私はもう行こう。邪魔をしたな」


 そう言い残して立ち去っていった。

 がちゃん、と事務所の入り口ドアが閉まる音を耳にした瞬間、飛竜と利央はひとまず盛大に安堵の息を吐き出した。


「ふぅ……なんとかなりましたね」

「うん……ところでさ」

「はい?」

「僕って……利央さんを助けてるんだっけ?」


 そこを掘り下げておかないと、少し釈然としない気分だった。


「ふむ……お忘れなんですね。まぁそれは分かっていたことですが」


 改めてひと息吐き出しながら、利央は「……いいでしょう」と言った。


「でしたら、いつまでも引っ張る話ではありませんので、お伝えしましょうか。……私が飛竜くんをセフレに選んだ理由を」

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