第9話 バイト
――週明けの月曜日。
バイト先はまったり探すと言いつつ、飛竜は近所のファミレスで面接を受けて難なく採用に至り、その翌日にはホールスタッフとして働くことになっていた。
将来の野望に向けてカメラを買うための資金作り。
週2回、放課後4時間のシフト。
ふた月ほどかけて栄一を6人、焦らずに集めるのが目的である。
そんなバイト生活初日――
「――どうも飛竜くん、来ちゃいました」
「うへ……」
学校帰りの利央が、白々しいニヤけ顔で訪ねてきたのだから飛竜は天を仰がざるを得ない。来られたら恥ずかしいのでバイト先は伏せていたのだが。
「尾行していたんです。ぶいぶい」
「ドヤ顔ダブルピースやめい……ていうかなんで来たのさ」
「ふふん。彼氏――じゃなくてセフレの頑張りを見届けに来ただけです」
なんだか今とんでもない言い間違いがあったものの、ひとまず気にしないでおく。
「やれやれ……お一人様ですか?」
ひとまずマニュアル通りに接客を開始する。
「はいお一人様です。絶賛彼氏を募集中ですが、特定の1人以外はお断り中ですよ?」
じーーーーーー、と据わった眼差しを向けてくる利央。
割り切りとは一体。
ともあれ、
「こほん……では席にご案内致します」
気を取り直し、飛竜は利央をテーブル席に誘導した。
この時間帯の客足は利央を除けば1人だけ。
近隣にはファミレスが幾つかあるが、飛竜は立地が一番悪いところを選んでいる。
なぜなら客があまり来ないなら仕事量が減るのでは? と睨んだからだ。
そして実際、そんな感じである。
「様になっていますね」
席に腰を下ろしながら、利央がためつすがめつこちらを眺めてくる。
「飛竜くんは背丈も含めて素材は悪くないんですから、学校でも髪を上げてシャキッと過ごしたらいかがです?」
「いや、それは……」
「まぁその状態の飛竜くんはモテそうな気がしなくもないのでやめておきましょう。私のヤキモチ工場のレーンがフル稼働しそうです」
「割り切りなのにヤキモチ……?」
「こほん……まぁ飛竜くんにはLIKEの意味で好意を持っていますからそっちの方向のヤキモチです妙な勘違いはいけませんええそうですいけませんったらいけません」
絶妙な早口で言われても説得力はまるでない。
けれど飛竜はひとまずそういうことで納得しておく。
「えっとじゃあ……注文が決まりましたらそちらのベルでお呼びください」
「あ、もう決まってます。スマイルふたつ」
「欲張りか」
思わず接客演技が崩れて素が出た飛竜である。
「スライムふたつでも可です」
「あると思うか?」
「割り切りセフレ優待特典じゃなかったでしたっけ?」
「株主優待みたいに言うな」
「では真面目にフルーツパフェをひとつ。それと、別のお客さんがもう来たみたいですよ?」
「あ、ホントだ」
いつの間にか入り口に1組の客が待機していた。
「もう私の相手は雑でいいので、お仕事を頑張ってもらえますと」
茶化しに来たようで、そうではない利央の気遣い。
それをありがたく思いながら、飛竜は仕事をこなしていく。
「――夕方に来てた子、ひょっとしてカノジョさん?」
やがて初日のバイトが無事に終わって更衣室で着替えていると、背後から細身の中年男性が声を掛けてきた。
店長である。
「あ、はい……すみません、喋ってしまって……」
やり取りを少し見られていたようだ。
まさかセフレだとは言えないので、カノジョ認定に頷きながら謝罪する。
「別に謝らなくていいさ。人居ないときはアレくらいね」
「……ありがとうございます」
「にしても、彼氏の初出勤を見守りに来るだなんて、実に健気で良い子じゃないか。俺も学生のときは妻からバイト先に来られたりしてたなぁ」
のほほんとした雰囲気でそう言う。
「バイト始めると会える時間が少し減るから、カノジョの機嫌を損ねないために色々奔走しないといけないよね。――あ、そうだ」
ごそごそとポケットを漁る店長。
ほどなく取り出したのは、2枚の紙切れで――
「これ、先日もらった遊園地のペアチケットなんだけど、よかったら秋吉くんにあげるよ」
「え」
「俺忙しくて使えないからさ。持ち腐れになるよりは、ってことで」
「……いいんですか? 忙しくて使い道ないなら換金でもすれば良さそうですけど」
「お金には困ってないからねぇ。逆に君がそう使ってもいいし、まぁお好きにどうぞ」
そんな言葉と一緒にチケットをポケットに忍ばされた。
「ありがとうございます……」
(……しかし……どうする……?)
無難に利央を遊園地に誘うか、換金してカメラ資金に回すか。
(まぁとりあえず……若菜さんに相談してみればいいか)
勝手に使うという選択肢は、どのみち存在しないのである。
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