第8話 まったりとやること

「……高いなぁ」


 週末。

 飛竜は駅前のデパートを訪れている。


 午後から利央とのセフレ契約があるそんな日の午前中、今日発売のゲームを物理パッケージで手に入れるために、家電量販店のテナントを来訪中だ。


「なんでこんな高いんだろ……」


 繰り返されるそのぼやきは、別に購入予定のゲームに対するモノではない。

 

 漠然と、将来映像作品でも撮って稼いでみたい、と考えている飛竜は一旦カメラ売り場に立ち寄っており、陳列されたカメラたちの価格に舌を巻いているわけだ。


 欲しいなぁ、と思った回転台座ジンバル一体型の高性能アクションハンドカメラのお値段は、なんと栄一6人分。


 より高性能なモノだと10人ほど必要である。


「……手が出ない」


 数千円のゲームを買うだけでもお小遣いを切り盛りしてようやく、の飛竜にとって、数万円のお買い物は夢のまた夢と言える。


「――あ、飛竜くんじゃないですか」


 そんなときである。

 聞き慣れた声が鼓膜を揺らしてきたのは。


「若菜さん……なんでここに?」


 そう。

 声の方向を振り返ってみると、案の定割り切りセフレの黒髪美少女が歩み寄ってくるところだった。


「洋服を買いに来たんです。そのついでにちょっとスマホの最新機種でも覗いていこうかと思ったら偶然飛竜くんを見かけましたので」

「そういうことか」


 利央も午前をプライベートに費やしているらしい。


 そんな彼女はもちろん私服。


 まだ5月の下旬だが今日は暑いので、半袖の白いブラウスに七分丈のベージュパンツを合わせているという涼しげな格好だ。


「娯楽を禁じられてる割に、若菜さんって外出するのは結構自由だよな」

「その分18時半の門限が厳格で、1分でも遅れたら翌月はお小遣いなしですから」

「うへ……」

「それはそうと、カメラを見ていたんですか?」


 利央が隣で足を止め、目の前のショーケースに視線を這わせ始める。


「結構高いですけど、買うんですか?」

「いや……手が出ないな、って嘆息してたところ」

「でも欲しくはあるんですか?」

「まぁ、お金さえあればな」


 言いながら、飛竜はその場を離れた。

 目的のゲーム売り場に向かう。


「工面してあげたいですけど、さすがに私からしても高すぎて難しいですね」

「いや……工面とか考えなくていいから」


 利央の力を借りるのは良心とプライドが許さない。

 

 ともあれ、目的のゲームを購入した飛竜はその後、フードコートで利央とランチを食べて行くことになった。


「にんにく系はNGですよ? 午後からのえっちに支障が出ますので」

「あ、そっか……」


 にんにく醤油の唐揚げ旨そうだな、と唐揚げ屋を眺めていた飛竜はその思惑をグッと我慢し、隣にあったバーガーショップで普通にハンバーガーとポテトをチョイスした。


「僭越ながら、あんなに高いカメラを買う必要ってあるんですかね?」


 同じバーガーセットを頼んでモグモグし始めている利央がそう呟く。


「スマホに安価な手ぶれ防止ジンバルでも取り付ければ充分な撮影カメラになるのでは?」

「それを言われるとそうなんだけど、なんというか……形から入りたくて」


 何を撮ってどうしたいのかすら決まっていない飛竜の漠然とした夢。


 漠然とし過ぎているが、だからこそ、高価なカメラを購入することで何か見えてくるモノがあるのでは、と思ったりしている。


「高いモノ買ったら引き返せなくなるだろ? ある意味自分を追い込んでみたいんだ」

「ドMですね。えっちのときも基本的に私から責められて気持ち良くなってますもんね」

「うぐ……」

「でも、そういうところ嫌いじゃないです」


 そう言って利央は楽しそうに微笑む。


「そういうことであれば、工面は出来ませんけど応援しますね」

「割り切りなのに応援?」

「割り切って応援するんです」

「どういうことなんだか……」

「なんにしましても、資金集めのためにバイトでも始めるおつもりで?」

「まぁ、そういう考えがないわけじゃないかな」


 最低でも栄一6人。

 それを稼ぎたいところである。


「まったりやってもひと月、ふた月程度で貯まると思うし」

「……会える時間、減ったりします?」


 ちょっと不安そうに利央が訊ねてくる。

 割り切りにあるまじき表情。

 飛竜は首を横に振った。


「あんまり減らしたくないから、今言った通りバイトはやるにしてもまったりやるよ」


 自宅でストレスを抱える利央は、恐らく飛竜と触れ合っているときが一番気楽に過ごせる時間なのだと思う。


 全力で利央の味方で在りたい飛竜としては、その時間の担保は最優先事項である。


 だからバイトはやるにしてもまったり。


 夢に向けて生き急いでいるわけじゃない。


 カメラ資金は少しずつ貯まれば上等なのだ。


「そうなんですね」

「うん。だからこれからも普通に会ってもらえたら。ほら、一緒の大学行くためにも、若菜さんに勉強教えてもらわないといけないし」

「確かにそうですよね。……ふぅ、安心しました」


 そう言って穏やかに笑った利央。


 その後、ランチを済ませた2人は飛竜の家に向かい、今日もお互いを満足させ合った。


「バイトって、ちなみに何を考えているんですか?」


 事が終わったあと、勉強モードに移行しながら問われた。


「んー……お悩み中かな」


 その辺りのことも、まったり決めていこうと考えている。

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