第24話 確定的で曖昧な

「利央さんの顔は出さないし声も入れないしクレジットも出さない。色んな面倒を避けるためにそれらは徹底して撮影するから」

「はい、お心遣い感謝です」


 あくる日の放課後。

 利央を招いた自分の部屋で、飛竜は撮影に向けた下準備を始めている。


 ショートフィルム投稿チャンネルを運営するために、記念すべき第一弾の動画を作成したいのが飛竜の直近の目標だ。


 第一弾の動画内容は昨日決めた通り――『引きこもり少女の再起』だ。

 

 とある引きこもりの女の子が外に出るまでのショートストーリー。

 しかし最後はその子が無事に外に出てハッピーエンドではなく、親を殺すことで自由になったかのような、意味深な終わり方となる予定だ。

 なぜ親を殺す必要があったのか? など考察の余地を残し、視聴者たちがコメント欄で色んな意見を交わすような動画にしたいと思ってのことだ。


「動画サイトの楽しみ方って、まず動画を観て、それからコメント欄を眺めて『あ、やっぱりみんなそう思ったんだ』って同調したり、『自分はこう思ったけどなぁ』って意見を書いたりするのが醍醐味なところもあるから、そういう楽しみ方をしてもらえる動画を作りたいんだ。バズりに繋がるかもしれないし」


 少し刺激的な内容になっているのは、それを狙っているからだ。


「結構きちんと戦略を考えているんですね。もっと適当かと思っていました」

「すでに8万も投資してるんだから適当にはやらないよ」


 なので下準備もきっちりやる。

 現状は映像の設計図絵コンテを作成中だ。


「主人公が引きこもってた理由と親殺しの動機は初見でも読み取れるようにしたい。でも繰り返し観ることでそれらが明確になるような絵作りが出来ればいいかも」

「ちなみに、引きこもっていた理由と親殺しの動機はなんなんですか?」

「今考えてるのは性的虐待。それが理由で引きこもってたし、それが理由で殺した」

「なるほどです。では私はそういう心持ちで演技しないといけないわけですね」 

「実際の撮影はまだ先だけど、その時はお願いするよ。大変かもだけど」

「いえいえ、飛竜くんと一緒に何かを成し遂げていけるのは嬉しいことですから」

 

 そう言ってもらえると、胸がスッと軽くなる。


「ところで、飛竜監督の絵コンテ制作風景を私が記録するのってOKです?」


 そう言って利央がスマホのレンズをこちらに向け始めていた。


「撮ってどうするんだ?」

「いつか飛竜くんが有名になった場合こういうメイキング動画は貴重なモノになるかもしれませんし、今のうちに撮っておこうかと」

「あぁそういう……」

「一応言っておきますが、決して結婚式で流す馴れ初めVTRとかそういうのに使う素材を撮り溜めておこうとしているわけではないので妙な勘違いはやめてくださいねまったくむすむす」

「…………」


 恐らくメイキング云々は建前で、それが本音に違いない。


(まあいいけど……)


 利央がすでにそこまで考えているなら、飛竜は受けて立つつもりだ。

 でもまずは利央と釣り合う男になるために、夢を邁進する。

 デカい肩書きのある存在にならないと、宗五郎などは納得しないかもしれないのだから。


 やがて今日のところは絵コンテ制作のみで利央の門限が近付いてきた。

 絵コンテ作りがしばらく続きそうである。


「今更だけど、具合は平気?」


 帰り支度を行う利央に問いかける。

 今日から女の子の日が始まったそうで、互いにお預け期間に突入している。


「あ、はい、ちょっとダルい程度ですから問題はありません。けど」

「……けど?」

「お別れする前に、軽くでいいからさすってもらえると嬉しいかもです」


 と、利央が夏服のブラウスをたくし上げ、綺麗な下腹部を晒してきた。

 あくまでおへそ近辺なので危うくはないものの、いきなりのことに驚いてしまう。


「……じょ、女子が突然肌を晒すな」

「飛竜くんにだけ、ですから。ふふ」

 

 イタズラに笑いながら、利央はおへその周辺を晒し続けている。

 色白でツヤのある綺麗な肌だ。

 他の男子がどれだけ望んでも見られないし触れないところを、飛竜は見られるし触ることが出来る。


「じゃあ……早く良くなってな」


 言いながら、飛竜は利央のおへその下辺りを優しくさすり始めた。


 こんなのは絶対に割り切りの間柄でやることじゃない。

 

 親しい恋人同士でもやらないことだろう。


 そんなことをやってしまう程度には、徐々に、着実に、曖昧になりつつある飛竜と利央の関係性。


 けれどもそれが悪いことであるとは、飛竜は当然ながら微塵も思わないのであった。

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