第25話 初抗戦

「むすむすむすむすむすむすむすむす」


 数日が経過して暦が7月に切り替わったこの日の昼休み。

 いつもの非常階段でランチに耽っている飛竜は、隣でお手製サンドイッチを頬張っている利央が明らかに苛立ちを見せていることに気付いた。


「……どうかした?」

「――実は昨晩、思い出すだけでむすっとしてしまう腹立たしい出来事がありまして」

「腹立たしい出来事?」

「ついに喧嘩をしてしまったんですよ」

「喧嘩?」

「父との喧嘩です」

「えっ」


 それが本当なら大事件と称するにふさわしい出来事かもしれない。

 なんせ利央はこれまで宗五郎の言いなりになって生きてきたであろう様子が言動の節々から滲み出ていた。

 にもかかわらず、そのスタンスを崩して反旗を翻したというならタダ事ではない。


「……喧嘩の理由は?」

「門限の緩和をお願いしたんです」


 利央はむすっとサンドイッチを食べながら言葉を続ける。


「飛竜くんのショートフィルム制作を手伝うにあたって、もう少し遅い時間まで残れるように環境を変えた方が良いと思いまして」


(あー僕のためか……)


 申し訳ない気分になってきた飛竜である。


「飛竜くんに飛び火するのは防ぎたかったので、その理由は口には出しませんでした。父にはあくまで門限の緩和だけを訴えた形です」

「そしたら……反対された?」

「はい。何か悪いことを考えているんじゃないか、と疑われました。それに腹が立ちまして、生まれて初めて父と口論しました。門限の緩和を申し出ただけで悪巧みを疑われたことが不服だったんです。過保護なのは分かりますが、何かに巻き込まれたんじゃないかと心配するんじゃなくて私そのものを疑うなら、それは私を守ろうとしているわけじゃないと思ってしまったんです」

「確かにな……」


 とはいえ、宗五郎の根源にあるのは結局親バカではあるのだと思う。

 言葉のチョイスが悪すぎたのだろう。


「それで……喧嘩はどう収まったんだ?」

「収まっていません。私も父も色々言い合ってそのままです。朝食時に謝ってきたら門限のことは色々譲歩しつつ最善の形をさぐっていくつもりでしたが、父は無言でしたからね」

「うーむ……」


 これはなかなか本格的な親子喧嘩と言えそうだ。


「……利央さんはどうするつもり?」

「どうしましょうね。味方寄りの母からは徹底抗戦を提案されています」

「……そうなんだ?」

「はい。一度痛い目を見れば父の考えも変わるのではないか、とのことで」

「でも徹底抗戦するとしたらどう抗戦するんだ?」

「ひとつ考えていることとしましては」


 そう前置きしつつ、利央は飛竜にチラリと目を向けてきた。


「家出です」

「家出って言っても……どこに?」

「駅前のビジネスホテルでしょうか」

「いやいや……」


 未成年が家出でビジネスホテルは色々どうなんだと思ってしまう。


「……それはお金の無駄過ぎると思うし、僕んちでいいんじゃないの?」

「それは考えましたけど……飛竜くんのおうちに迷惑を掛けるわけには……」

「いや迷惑は掛けてくれていいよ」


 飛竜はそう告げた。


「元を辿れば僕のために門限の緩和をお願いしたのが発端だろ? 要するに僕のせいじゃないか」

「む、断固としてそれは違います。決して飛竜くんのせいじゃないです」

「だとしてもだよ。うちに来て欲しいんだ。利央さんの力になりたいからさ」


 ここで力になれない男で在りたくないと思う。

 割り切りではあれど、色々と深い間柄なのだから。


「ですが……」

「いいんだってば。お父さんへの初抗戦は一緒にやろうよ」

「飛竜くん……」

「繰り返し言うけど、迷惑は掛けてくれていいんだ」

「……割り切りなのに、ですか?」

「利央さんがそれを訊いてきちゃダメだよ」


 普段割り切っていない以上、こういうときでも割り切っていないスタンスは貫いて欲しいと切に願う。


「というわけで、今日は僕んちに来なよ。というか来い」

 

 有無を言わせぬ口調で改めてそう告げる。

 すると利央は、目に光るモノを浮かべながら「……はい」と嬉しそうに頷いたのであった。


「では飛竜くんのおうちにお伺いして、一緒に徹底抗戦……お願いしますね」

「もちろんだよ」


 相手が相手なので怖さもあるが、出来れば利央の門限緩和を成し遂げられれば、と思う。

 その方が利央との時間を増やせるので、飛竜にとっても色んな意味で良いことなのは間違いないのだから。

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