第55話 それは唐突に

「よし……出来た」


 2泊3日のキャンプは初日の夜が色んな意味でピークで、それ以降は終始平穏な時間が流れ、ひとまず無事に幕を閉じることになった。

 3日目の昼下がりには我が家に帰り着くことになった飛竜は、撮り溜めた撮影素材を1人で編集し始め、その日の夜にはショートフィルム第一弾の後日談を完成させるに至った。

 それが今である。


「8時過ぎか……」


 机のデジタル時計は「20:04」の表示を示していた。

 13時頃に帰ってきてから7時間ほどぶっ続けで編集していたことになる。

 自分の集中力を褒め称えながら、飛竜は出来上がった後日談を一度見直し始める。


 約1分のショートショートだ。

 身内殺しのあと、山の中に隠れ潜んで平穏に過ごしていた少女の様子が前半に描かれる。

 釣りのシーン、山の散策シーン、夜の食事シーン。

 そして動画の後半、平穏は突如終わりを告げ、山の中にはパトカーのサイレンが鳴り響く(無償の効果音を使った)。

 しかし少女は焦ることなく、口元に薄ら笑いを貼り付ける。

 そして最後はナイフを手に取るカットで終了。


「よし、まぁOKだな」


 想像の余地を多分に残した終わり方だ。

 この主人公は山の殺人鬼として語り継がれる化け物になるかもしれないし、あるいはこのあと警察に呆気なく捕まるかもしれない。

 どういう結末として捉えるかは、観てくれた人の想像に委ねる。

 そしてどういう反響になるにせよ、この話はここでおしまいだ。

 次は新作を撮りたいからである。


 飛竜は早速その動画をショート枠で投稿した。ショート枠の動画はスワイプで他の動画への切り替えが容易なため、その分人目に留まりやすい。反面、気にされなければポイッと流されやすくもある。

 それが吉と出るか凶と出るかは分からないが、試してみないことにはなんとも言えない。だから投稿してみた。

 反響は夕飯を食べてから確認することにした。


「――お、ひーくんオッスオッス~。作業終わったなら飲もうよ♡」

「未成年を誘うな」


 リビングに降りると、梓紗が晩酌中だった。良吉も一緒に飲んでいるし、飛竜たちのキャンプ中に帰省していた母・希実香もその輪に加わっている。秋吉家は久しぶりに家族が勢揃いしていた。


 食卓には飛竜の夕飯だけがまだ手付かずで並んでいる。

 3人はもう純粋に酒だけを愉しむモード。

 ちなみにその酒は若菜酒造の代物で、宗五郎と利央を自宅に送り届けた際に良吉がお礼として貰っていたモノだ。


「ねえあなた、利央ちゃん良い子だったでしょ?」

「良い子だったけど飛竜があの子に手ぇ出したらヤバいことになるだろ」


 夫婦で妙なやり取りをしている。

 もう手を出しているんですよ、とは言えない。


「はー、この日本酒マジでフルーティーでおいし~♡」


 そして飛竜と利央の秘密を知っておきながら、両親の会話に加担しない梓紗。

 どうやらブラコンとして飛竜を困らせることはしないらしい。


(でも姉ちゃんは僕に貸しイチの状態だからな……今後何か要求してくる可能性はゼロじゃない)


 あの晩、水神ダンスというウソで宗五郎をあしらってくれた。

 飛竜が利央へのお触りを自白していたら宗五郎の逆鱗に触れていた可能性がある以上、飛竜からすれば梓紗に借りが出来たと言える。

 

(ま……姉ちゃんが何か困ってたらそんとき手を貸すとか、そういう感じでいいのかも)


 そんな風に考えながら梓紗のダル絡みをいなしつつサクッと夕飯を済ませた飛竜は、自室に戻ってショート後日談への反響をチェックする。


「お……悪くない」


 再生数はまだ数百ながら、早速色んなコメントが書き残されていた。投稿したそばからリアクションがあるのは、創作者としては本当にありがたい。成果物の善し悪しがすぐに分かるし、ポジティブなコメントはモチベにも繋がる。


 今回のショート後日談に関しては【えーココで終わり!?】【続きはよ】【主人公ちゃん生きてー!!😣】【毎秒投稿しろ】といった続きを望む声や、【主人公ちゃんに殺された警察官の子供が復讐に目覚めそう】といったその後の展開を考える声もあり、本編に引き続きコメント欄は盛り上がっている。


『良い感じですね。いいねも爆速で増えてます』


 利央と通話を繋げ、動画の伸びを共に観察しているところだ。


『今回も飛竜くんの努力は報われそうですね。本編の方は10万再生を突破しましたし、登録者数も2万を超えましたし、映像批評系インフルエンサーたちが通ぶるために次々とまだマイナーな飛竜くんのチャンネルを取り上げ始めていますから、勢いが止まりませんし』

「いやもうホントに利央さんのおかげだよ。前回も今回も利央さんが演者やってくれなかったら成立してないんだからさ」

『でしたら、今度は2人きりで出掛けるようなご褒美があってもいいんじゃないでしょうか? むすむす』


 利央はそう言ってきた。


『キャンプは非常にスリルがあって楽しかったですけれど、やはり飛竜くんとまったり過ごす時間が私は一番かもしれないと再認識出来た機会でもありました』

「あぁうん、それは僕もそうかもしれない」


 キャンプは悪くなかったが、忙しなさ過ぎた。

 気が休まったかと言えばまったくそうではなく、むしろ疲れた部分もある。


「次は2人で日帰り海水浴にでも行こうか」


 夏休みはまだ3分の1残っている。

 山を堪能したなら、お次は海だろう。

 

「利央さんは水着買いに行ったときに海アンチっぽいこと言ってたけど、別に大丈夫なんだよな?」

『あ、はい、飛竜くんが一緒なら別に』

「分かった。じゃあ早速明日にでも――っと、あ、ちょっと待って」

『……はい?』

「ショートシアターズルームの公式SNSの方になんかDMが来てる」


 会話しながら色々チェックしていた飛竜はそれに気付いた。

 感想か、はたまたアンチ的な意見が届いたのか。

 ごくりと生唾を飲みながら恐る恐るDMを開いてみると――、


【ショートシアターズルーム様 

 私は○○テレビでドラマ制作部門のディレクターを務めておりますさかきと申します。

 このたびはショートシアターズルーム様の制作物に多大なる可能性を見出しましたため、ぜひ我が社とのタッグでテレビドラマ化のチャレンジをさせていただけないかと思いオファーの連絡をさせていただいた次第です】


 という文面から更に色々続いているDMを確認した飛竜は、


「……ごめん利央さん。海水浴はちょっと後回しで」


 そう言ってオファーの文面をもう一度読み直し始めた。

 イタズラかと思ったが、先方のアカウントはきちんと榊という人物の個人アカウントだった。プロフィールはDMの文面通りで、自社放映したテレビ番組のリポストばかりをしている味気なさが、逆にイタズラのアカウントではないことを示唆している。


(マジか……)


 こんなにも早くこの手のオファーが届くとは思わなかった。

 昨今はリアルタイムのバズ重視、勢い重視でテレビ局も動いていると聞くが、よもやここまでとは。

 もちろん先ほど投稿したショート後日談を評価したというよりは、処女作を評価してのことなのだろうが。


(……話だけでも聞いてみるか)


 DMにはもしオファーの話を聞く気があるなら、日時を指定してテレビ局まで来て欲しいと書いてある。

 飛竜としては当然、それに応じる他なかった。

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