第36話 座敷牢
「座敷牢を撮影に使いたい? ――ああ、別に構わんよ」
宗五郎の軟化がもはや疑いようもないことを思い知ったのは、翌日の放課後のことである。若菜家を訪ねて利央と一緒に座敷牢の使用許可を求めてみれば、宗五郎の返事はそれだったのだ。
「たまに若い衆の罰に使うこともあるが、綺麗に保たれているから気にする必要はないさ」
(罰とは……)
恐らく踏み込んではいけない世界である。
「それはそうと、秋吉くんが撮るショートフィルムはまさか利央が主役かね?」
「あ、はい……ダメでしょうか? 顔や声は出さないつもりなんですが」
「まぁ、そこまで気を遣ってくれるなら別に構わんさ。――ただし」
宗五郎の目付きが鋭くなる。
「撮影にかこつけて利央に妙なことをするのは絶っっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっ対にしないと約束してもらおうか」
「も、もちろんですよ……」
宗五郎の軟化はあくまでプラトニックな友人関係を許諾する形なのはさもありなんである。今はまだ取り繕っておくしかない。
その後、飛竜は利央に案内されて座敷牢を訪れた。
「おー……マジモンだ」
その場所は母屋ではなく、離れの地下にあった。
岩肌が普通に露出している地下空間の一角が、木製
7月なのにひんやりと冷たい場所で、環境さえ整えれば避暑に向くかもしれない。
照明を点けられるので電気は通っているようだ。
牢の中には畳が1枚ぽつんと敷かれており、その手前には小さめの燭台がひとつ。
なんとも言えないガチ感がある。
「ここを使えるのは棚ぼた過ぎるな……」
梓紗の凱旋で自宅が使えなくなったのは痛いが、それを補ってなおおつりが来るほどに素晴らしいロケーションである。虐待と引きこもりがテーマの処女作にぴったり過ぎて怖いくらいだ。
「最初からこの座敷牢を提案しておけば良かったですね。すみません」
「いや、その頃は親父さんが協力的じゃなかったんだからしょうがない」
宗五郎が正式に折れたのはまだおとといのことである。
利央がこれを早期に提案してくるのは難しかったはずだ。
「ロケーションはこれで文句なし。あとは……」
「この場に合う引きこもり主人公の衣装、ですかね?」
「そう。当初の予定だとスウェット。でも座敷牢にスウェットはギャグだよなぁ」
正直それはそれでアリでは? と思う自分が居なくもない。スウェット姿の女子が座敷牢に座っているサムネは多分目を引くと思う。
しかし、
「和装、出来れば白装束で雰囲気出したりもしたくてさ……でもスウェットも面白みはあるしなぁ」
「でしたらどっちもやりませんか?」
「……どっちも?」
「作品内時間って別に1日だけじゃないですよね? ですから日によって衣装を変えればいいんですよ。スウェットだったり白装束だったり、着るモノがぞんざいに配られている感じにすれば、主人公の虐待演出にも繋がりそうですし」
「なるほど……」
そういう描き方なら確かにアリだ。
「早速着替えてきましょうか? スウェットは自前のが、白装束は家の誰かが持っていると思いますので、調達は容易かと」
「あぁうん、じゃあお願いする感じで」
「ちなみに最初はどちらをご所望で?」
「んー、そうだな……なら今日は白装束で撮ろうか」
「分かりました」
頷いた利央が地上への階段を登っていく。
(利央さんの白装束……絶対似合うんだろうな)
神楽の巫女服が似合うのだから、和装はドハマりするに違いない。
飛竜は楽しみな気分で待機することになった。
「――お待たせです」
そしておよそ10分ほどが経過した頃、地上から声が降ってきた。
飛竜は階段に目を向けた途端、息を呑んで言葉をなくすことになる。
「こんな感じですが、いかがでしょう?」
階段を降りてくるのは、飾り気のない薄手の白装束を纏った利央である。
一見すれば見窄らしい雰囲気。
しかし利央の圧倒的な美貌がそんな格好さえも輝かせてしまっていた。
スタイルの良い黒髪美少女に和装はやはり正義であり、飛竜は暫時そんな姿に見とれる他なかった。
「いや……めちゃくちゃ可愛いと思う」
階段を降りて目の前までやってきた利央に素直な感想を告げると、利央はどこかご機嫌な感じで目を細めていた。
「割り切り相手を褒めるなんてどういう了見なんです?」
そして、そんなちょっと面倒な言葉を返してきた。
普段割り切っていない側なのに、調子に乗るとこういう一面が出てくる。
しかしそんな茶目っ気も飛竜は当然好ましく思っているので、悪い気分にはならなかった。
「ところで利央さん、髪の毛もうちょいボサって出来る?」
今の利央は非常に絵になっているが、絵になり過ぎている。
顔出しはせずとも頭部自体は横や後ろから映すつもりなので、髪の毛が綺麗過ぎると引きこもりの役柄としてはおかしいことになるのだ。
「あ、言われてみればそうですね……えっと、ではこんな感じでどうでしょう?」
利央は髪の毛をわしゃわしゃし、最終的には貞子っぽい髪型と化した。
「バッチリ。それでいこう」
乱れてなお滲み出る美少女感はあるものの、それはそれで良いアクセントだ。
白装束をあえて汚す処理も施し、見窄らしさを更に付け加えた。
それから飛竜の絵コンテを元に、シーン1から撮影が開始される。
舞台設定ががらりと変わったものの、シナリオは何も変わらない。
虐待被害者の引きこもり主人公が親殺しと共に再起する話。
もちろんカメラは8万投資のアクションカメラ。
下校時に自宅へと立ち寄り持ってきた。
ようやくきちんと活躍の場が訪れたので、しっかり使ってやらないといけない。
「――はいカット」
夕暮れの座敷牢は、天窓から注ぎ込む西日が味のある雰囲気を作ってくれている。
飛竜は自然光のみの撮影を行っており、これはカメラが高性能ゆえに光源がさほどなくともハッキリ捉えられる恩恵がデカい。
畳にうなだれるように座っていた利央が、カットの合図でパッと顔を上げた。
「ふぅ、演技って結構緊張しますね」
「でも良かったよ。利央さん結構女優の才能ありそう」
「まぁ、私は昔からなんでも出来てしまいますのでね。むふん」
得意げに胸を張る利央は、それからちょっとイタズラめいた表情で白装束の胸元と足元をはだけさせてきた。
「そういえば飛竜くん、私、下着つけてないって気付いてます?」
「マジかよ……いや、ここで誘ってくるのはやめてくれ……親父さんのお膝元すぎて何も出来ないし生殺しだ……」
「意外と平気ですよ? 母屋から離れていますし、父もわざわざ見張ったりはしていませんでしたから」
「…………」
そう言われると少しヤる気が出てきてしまう。
しかし、
「い、今は撮影中だから」
「頑なですね? いつまで我慢出来るでしょうか……ふふ」
妖艶な利央を前に続く生殺しの撮影。
そんな中で飛竜はとにかく頑張った。
そして耐えきったからこそ、本日の撮影ノルマをこなしたあとに若さは爆発した。
リスクを理解しつつ座敷牢の暗がりで利央にリビドーをぶつけ始め、対する利央は待ってましたと言わんばかりに受け入れてくれたのだ。
すごいスリルで、見つかったら終わりだが、高揚による無敵感がそんなモノを気にさせなかった。
最後は利央が飲み干すことで2人の暴走は終わりを迎えた。
「……無理しないでくれよ?」
「平気です。んっ……意外と美味しいので♡」
口元をぬぐいながら優美にそう囁いた利央が、岩屋に封印されていた淫魔に見えたのは、恐らく座敷牢の影響に違いなかった。
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