第67話 病床の交渉(前話読み飛ばし注意。同日連続更新の影響か800人くらいの方読み飛ばしてます)

「――秋吉くん大丈夫なのっ!?」


 さて、そんなわけで利央の連絡により優芽も飛竜の部屋にやってきた。

 相変わらず黒髪ぱっつんの座敷童子じみた彼女は、その手にコンビニの袋を抱え持っていた。

 どうやら利央と同じく栄養補助食品を色々買ってきてくれたようである。


「症状は軽いからそんなに心配しないでもらえると」

「なら良いけど……いや良くないわね。しっかり休まないとダメよ?」


 オカンじみた態度で、優芽はベッド脇の利央の隣に正座し始めていた。


「秋吉くんはきっと色々頑張り過ぎなのよ。ね? お姉様」

「はい、そう思います。ですから我々協力者が余計な気苦労を掛けてはいけないわけですね」


 そう告げる利央の目はじろりと据わっており、さながら優芽を牽制するかのようだった。


「実はこれから優芽に対して飛竜くんよりとある提案が持ちかけられます」

「え、私に提案?」

「はい。それに対して出来れば良心的な応じ方をしてあげてください」


 そう言い終えた利央が、飛竜に視線を向けてくる。

 ある種のお膳立て。

 飛竜はひとつ頷いて、言葉を切り出し始めた。


「実は、黄金井さんにSTRの広報担当を正式にお願いしたいって思ってる」

「え!」

「僕と利央さんはSNSに疎いから、そっち方面を重点的に任せられる仲間が欲しい感じ」

「わ、私でいいの? 昨日今日出会ったばかりなのに……」

「僕は人脈が豊富じゃないから、こういう出会いを大事にしていきたいんだ」


 チャンネルを大きくするには、現状を常に超えていかないといけない。

 足踏みせずに前へ前へと進んでいくために、吸収出来るモノは吸収していく。

 飛竜はそういう方針でチャンネルを運営していくつもりである。


「どうだろう? 黄金井さんが迷惑に思わないなら是非広報を担当してくれたら嬉しいんだけど」


 返事を伺ってみる。


(さて……どう来るか)


 もし飛竜が優芽の立場であれば、相手の足元を見て交換条件を出すと思う。


 優芽は飛竜と付き合いたい思惑があるのだから、それに相当する何かをお願いしてきてもおかしくはない。


 ところが――


「――もちろんやるわっ。STRの仲間になれるなんて最高過ぎるんだもの!」


 優芽がニヤけた表情で交換条件を提示してくるようなことはなかった。

 まさかのふたつ返事。

 飛竜が逆に面食らってしまったのは当然かもしれない。


「……そんなあっさりでいいのか?」

「え、何か問題でも?」

「問題というか……引き受ける代わりに私と付き合ってちょうだい、的な交換条件を出す選択肢もあるだろ?」

「あるけど、そんなことしたらただのイヤなヤツじゃない」


 優芽はあっけらかんとそんなことを言うのだった。


「恋仲になりたい相手のことを思えばこそ、そんな押し付けがましいことは出来ないわ。まずはきっちり秋吉くんの信頼を得るところから始めていかないとね」


 そんな言葉を聞いた瞬間、飛竜は悟った。

 優芽は本当にただの良い子であるのだと。


(ぐわぁ……そうなると僕の方が好意を利用して協力させた感が出てくるような……)


 それはよろしくないので、飛竜はフェア精神のもと改めてこの事実を告げておく。


「あのさ……先日も言ったけど、僕には好きな人が居る。僕のために尽くそうとしてくれるのは滅茶苦茶ありがたいけど、僕が黄金井さんになびく可能性は限りなくゼロに近いかもしれなくてさ……」

「――ふっふっふっ、乗り越える壁は高いほど燃えるというものだわ」


 小ぶりな胸を張って不敵な態度での返事だった。

 どうやら優芽は困難に挑むのが好きなタイプであるらしい。


「というわけで、秋吉くんは特に何も気にしなくていいの。なんか勝手に挑んでくるヤツが居るなぁ、とでも思っておけばいいのよ」

「本当にそれでいいのか……?」

「いいのよ、秋吉くんは私にとって、ある種の目標であってもらえたら」


 どこか遠い目でそう呟く優芽であった。

 飛竜には分からない何か別の思惑でもあるのだろうか。

 それでもまずは表面の言葉を受け取っておくことしか、飛竜には出来ない。


「まぁ……僕に意中の相手が居るのを承知でそれでもって言うなら、僕としては何も言うことはないけどさ」

「ならそういう感じでよろしくお願いするわ。さてと、じゃあ私の方で早速良い宣伝手段を考えてみるから、秋吉くんはまずしっかり休んでおくことね」


 そう言って立ち上がると、優芽は利央の腕を引っ張り始めていた。


「さあほら、人が居たらゆっくり休めたもんじゃないわ。秋吉くんの邪魔にならないようにリビングへ行きましょうかお姉様」

「む、むすー!!」


 近くで見守りたかったらしい利央は妙な悲鳴を上げながら優芽に連れ去られていったのである。



   ※



 その後、飛竜はゆっくりと眠りに就いた甲斐あってか、夕方には熱と気怠い症状がほぼ解消されていた。

 とはいえ、


「――さて飛竜くん、ほぼ全快したからといって油断せず、今はまだ看病されてもらいましょうか。むすむす」


 お昼も食べずに眠りこけていた飛竜に対して、午後6時現在、利央がお粥を作って部屋を訪れている。

 飛竜が寝ているあいだも帰らずにずっと留まってくれていたらしい。

 ちなみに優芽もずっと居たそうだが、地元ではない場所に来ている身なので家族から指定されている門限が厳しめで、少し前に帰ってしまったそうだ。


「……黄金井さんってすごいバイタリティーだよな」


 午前の交渉劇を思い返しながらふと呟く。


「僕と付き合える可能性がほぼ無いのを承知の上で、STRを手伝ってくれるんだからさ」

「まぁ、あの子は死の淵から戻ってきていますので、後悔の無い選択に進みたいんだと思います」

「え? 死の淵から戻って……?」

「はい。あの子、今でこそ元気ですが元々は病弱で、一度は命が危ういところまで行ったことがあるんです」


 利央は神妙な表情で呟く。


「ですから、それ以降優芽は自分にとって悔いの無い選択をして生きるようになりました。命の儚さを知っているからこそ、自分のやりたいことをする。たとえそれが難しいことであれ、やらない後悔よりやって後悔した方がいい……そう考えているようですね」

「あぁ……そういう……」


 その話を聞くと、優芽にはまた違った印象を抱くことが出来た。

 

(……目標であって欲しい、みたいなことを僕に言っていたのは、恋の成就がどうなるにせよ、僕の存在をモチベにして青春を突っ走りたい、ってことなのかもな)


 偉い役目を背負ってしまったのかもしれない。

 しかしどこか光栄な気分でもあった。


「ま、だからといってあの子をフィーチャーし過ぎないようにお願いしますね? あくまで主演は私ですので」


 ふー、ふー、と熱々の卵粥を冷ましてから、利央がスプーンに乗せたそれを口元に運んできてくれた。

 飛竜は「うん、分かってるよ」と応じてから頬張った。コンソメの風味が口の中いっぱいに広がる。シンプルだが旨い。今日は何も食べずに爆睡していたので、空腹も調味料になっているかもしれない。


 そうして利央の餌付けを堪能した飛竜は、やがて利央の帰宅後に編集作業を早くも再開することになった。優芽のエピソードを耳にしたら、なんだか自分も頑張ろうという気分になった。体調はもう問題なし。やる気に満ちていた。


 そんな中――、スマートフォンからベートーヴェンの『運命』が流れ始めたのは、もうまもなく日付が変わろうかという時間帯のことであった。


「この着信音は……」


 飛竜自らがセットしたこの着信音の相手は――宗五郎である。

 こんな時間に一体なんだというのか。

 飛竜の中に緊張が走った。

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