第34話 凱旋
「改めておさらいしますと、引きこもりの少女が再起するまでのお話、ですよね?」
「そう。親の虐待で不登校になった主人公が、親を殺害して自由になるお話」
「ふぅ、モデルの私はそうならなくて良かったです」
迎えた翌日の放課後は、撮影に先駆けてショートフィルム第一弾の内容を利央と確認し合っているところだ。
場所はもちろん飛竜の部屋。
家出が終わっても、この時間の過ごし方は大して変わっていない。
「刺激的な内容だけど、結局人目を引くのはそういうヤツだからこれで行くことにしたよ。ちなみに演者は利央さんだけで、以前伝えた通り顔出し声出しはナシ。不登校少女の話だからロケ地は僕んち。超低予算」
「私にセリフがないということは、映像だけですべてを伝えるわけですか」
「そう。説明が一切ない影響でこの作品の捉え方は観た人次第で変わると思うし、それが狙い」
「コメント欄であーだこーだ考察が行われて賑わう余地が生まれる、ですよね?」
「そう。それがバズる下地になってくれるんじゃないかって思ってる」
もちろん、その狙い通りになってくれるかは分からない。
しかし失敗を恐れて挑戦しないようでは、成功は永遠に掴めない。
「というわけで、今日から撮影していく。って言っても今日はまだ下準備だけど」
「私としてはどこまでもお付き合いするのみです。むすむす」
気合いを入れるかのように利央は胸の前で両手を握り締めている。
割り切りなのにどこまでもお付き合いするのは絶対におかしいことだが、言うに及ばずありがたい。
その思いを無駄にしないように、飛竜は立派に監督を務めないといけない。
「じゃあ今日の予定だけど、ずばり――撮影スタジオ作り」
「主人公ちゃんが引きこもっている部屋を作るんです?」
「そう。メインの絵はソレだから、昨日まで利央さんが泊まってた部屋をスタジオに変える。陰鬱な個室を作って、撮影は基本的にそこでやるつもり」
というわけで早速、2人は空き部屋の改造に取りかかった。
カーテンを閉めきり、ゴミを少し散らかしたりと、とにかく陰鬱な部屋作りを行う。
途中、2人は休憩がてら情事に耽ることも忘れなかった。
映像制作が大事なのは当然として、セフレとしてヤることもヤる。
飛竜の部屋で一糸まとわずに遮るモノのない往復を味わい、2人はまたひとつ親密度合いを増してゆく。
「飛竜くん、全然中にくださいませんね?」
コトを終えたあと、一緒に湯船に入りながらむすっとそう言われた。
「お薬の有用性は確認出来ていますし、私はそろそろ欲しかったりするんですけど」
「いや……それはまだ、なんかちょっと……」
「でも着けずにシているわけでして、なんで最後だけ欲望に従わないんです?」
「んー……もうちょい自分のことが上手く行き始めたらにしたいんだ」
合理的な理由でないのは百も承知である。これは覚悟や意識の問題で、飛竜としては何も成し得ないうちにそれをするのは自分的に納得出来ないということだ。
「なんというか……ご褒美に取っておいて欲しいっていうのかな。たとえば第一弾のショートフィルムがバズったら、とかさ」
「えっちな人参ということです?」
「まぁそういうこと。しばらくぶら下げといて欲しい」
「分かりました。では期待して待っていますね? 注いでいただけるそのときを」
茶目っ気のある笑みと共にほっぺをつんとつつかれる。
そんなことに期待してもらえるというのは、なんとも平和で幸せなことかもしれない。
その後、お風呂を上がった2人は撮影スタジオの構築を再開した。
「思えば、この空き部屋って元々は誰かの私室だったりするんです?」
作業を進める中、利央がふと問うてきた。
「こんな空き部屋があるのは不自然な気がしますので」
「まぁ、元々は姉ちゃんの部屋だよ」
「……お姉さんが居るんでしたっけ?」
「大学3年のな。4つ離れてるから、利央さんは知らなくてもしょうがない」
姉と利央は小学校だけが唯一在籍が重なっていた時期で、それもたったの2年間だけだ。当時の飛竜と利央は別に親しくもなんともなかったことを思えば、姉の存在を知らないのはむしろ当然のことと言える。
「お部屋、勝手に使って大丈夫なんです?」
「1人暮らしで帰ってこないし問題無い」
「ちなみに仲は良いんですか?」
「んー、まぁ……向こうが多少ブラコンかも」
弟が大好きな姉というモノは実在するもので、姉がまさにそれだ。
実家を離れた今でも毎晩寝る前に飛竜に通話を掛けてきて、おやすみのひと言をわざわざ言ってくれるし、飛竜からのひと言も求めてくる程度には欲深である。
「はあ、ほう、そんなお姉さんなんですね」
「うん……だからもし帰ってきたらちょっと面倒なんだよな」
部屋が使えなくなるだけじゃない。
姉はブラコンゆえに飛竜に女子の影があることを好まない。
すなわち、利央に何をしでかすか分からないのだ。
「ま……ここ2年は年末年始しか帰ってきてないから気にしなくていいよ」
と、呟いた直後に着信を報せたスマホが、飛竜の心臓をバクッと跳ねさせた。
(…………)
このタイミングでの着信は、不思議とイヤな予感を加速させた。
もちろん根拠のない感覚ではある。
しかしゆっくりとスマホを持ち上げ、その画面を薄目で覗き込んだ瞬間――
「――うげ……」
案の定、噂をすればなんとやら、であった。
その着信は姉からのメッセージであり、しかもその内容はこうだった。
【ひーくんやっほー♡ 借りてるマンションが火事になったから実家に戻るね♡ ちなみにもうすぐ着くから♡】
(ヤバい)
ブラコンの予期せぬ凱旋は、終末を告げる天使のラッパかもしれなかった。
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