第11話 練習
「――やれやれ、割り切りだというのにこんな場所まで一緒に来てしまいましたね」
迎えた週末。
肩をすくめながら話す利央と一緒に、飛竜はそこそこの移動距離を経て某遊園地を訪れている。
快晴の空。
家族連れ、多数。
カップル、多数。
一方で飛竜と利央は割り切りセフレ。
来場者の中でも相当異色の組み合わせなのは間違いない。
「チケットが勿体ないので来てあげましたが、妙な勘違いはNGですよ飛竜くん?」
まるで乗り気じゃなかったかのように呟く利央だが、その格好はおめかしマシマシ。
お洒落ではありつつ動きやすさを重視したパンツルック。
流れるような黒髪を今日はポニテにまとめており、完全に遊園地エンジョイ仕様である。
「いやあのさ……絶対楽しみにしてきたよな?」
「いいえ、楽しみになんかしていませんでした。ウキウキし過ぎてなかなか寝られず朝4時からの3時間しか寝られなかったことをまさか『楽しみにしていた扱い』するつもりですか?」
「逆にそれ以外どういう扱いすればいいんだよそれ」
語るに落ちていた。
「目元に若干のクマがあるのも納得だよ」
「こ、これはアイシャドウなので……」
「じゃあこすったら落ちるはずだし、試しにこすってみても?」
「の、信長ムーブはやめてください」
「信長ムーブ……?」
「弥助を初めて見たとき『なんでお前身体に墨塗ってんの?笑』って言って部下に弥助をこすらせたら色が全然落ちなくて『ほんまに黒いやないかい』ってなった信長と弥助の逸話のことです」
「今その話題やめようね」
「とにかく、これはクマではないんです」
利央はあくまでそう言い張るつもりらしい。
機嫌を損ねさせてもアレなので、飛竜はひとまず引き下がることにした。
「分かったよ。でも若菜さん、僕は楽しみにしてきたから」
飛竜はそう告げた。
割り切り相手との外出にそういう感情を抱くのは正しくないのかもしれない。
しかし浮かれる気持ちがあることを否定しきれないし、無理やり封じ込めたくもなかった。
「そ、そうですか……まったく、割り切りなのに困ったものです」
そうは言いつつ、まんざらでもなさそうに口角を上げる利央。
「では……しょうがないので今日は精一杯楽しむとしましょうか」
そんなこんなで、割り切り同士の1日遊園地行脚が始まることになった。
※
それはそれとして、今日の飛竜には目的がある。
「若菜さん、動画撮らせてもらってもいいか?」
スマホのカメラを起動しながらの問いかけ。
というのも、映像作品を作りたい者として、今日の記録を練習がてら撮っておこうと考えているのだ。
「私、安い女優じゃないですよ?」
「ギャラが要る感じ?」
「もちろんです。手を繋いでもらいましょうか」
「あとは?」
「それだけでいいです」
(安すぎる……)
口に出したら怒られそうなのでひっそりと思っておく。
ともあれ、そんなわけで飛竜はスマホでの撮影を開始した。
(……こうして見ると、若菜さんってやっぱり可愛いよな)
レンズ越しに捉えることで、改めてそう思う飛竜。
黒髪のつややかさ。
目鼻立ちのバランス。
高くはなく、かといって低くもない背丈。
すらりと長い手足。
女性らしい曲線を描く胸と腰元。
可愛くて、綺麗であり、蠱惑的でもある。
そんな美少女とセフレの関係であることを、飛竜は今なお不思議に思うことがある。
「なあ、今更なんだけどさ……なんで僕をセフレに選んだんだ?」
ふと問いかけてみる。
「この関係を他者に言いふらせないぼっちだから、って理由で合理的に僕をチョイスした、って話だけど、それなら似た境遇の男子は他にも居ないことはなかっただろ?」
「そうですね」
「じゃあ……なんで?」
「さて、なんででしょうね?」
質問に質問で応じた利央は小さく笑っていた。
イタズラめいている。
「そこはまぁ、乙女には秘密があるということで」
「……秘密?」
「大したことじゃないですけどね。それでも知りたいなら、いつか立派な映像クリエイターになってください」
どうやらそれが、秘密を教える条件のようだ。
飛竜は俄然やる気が出てきた。
「分かったよ、頑張る」
「ではそのために良い映像を撮る練習をしないといけませんし、今日は可愛く綺麗に撮り続けてくださいよ?」
そう言って見せる笑顔は、どう考えても割り切り相手に見せるモノではなかった。
その態度をどう捉えていいのか、迷ってしまう。
それでもひとつ言えることがあるとすれば、
(僕は恵まれてる)
最高の被写体が近くに居る。
それだけは確かなことに違いなく――飛竜はこのあと、はしゃぐ利央が一番映える姿を探求しつつ、共に遊園地を楽しんだのである。
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