第53話 デリングへの依頼。

 ゴトゴトと揺れる荷車だが、油の入った壺はガッチリと固定されていて倒れる様子はまったくなかった。

 町を行き交う人たちも荷車の様子を見てぶつからないように道を開けてくれてすごく優しさが伝わってくる。

 まぁ猫竜にぶつかろうなんて人はいないとは思うが。


 優先順位の高い油を購入した俺は、次に欲しいと思ってる鋳物の頑丈な調理器具を求めて鍛冶屋へと向かっていた。

 鋳物の調理器具……即ち、スキレットだ。

 あればダッチオーブンも欲しいところだ。

 あれでウサギなんか煮込んだ日には旨すぎてモチもビックリして人語とか喋り出しちゃうかもしれないだろうな。


「今のところ予定通りだな」

「……」

「ほらもう次の目的地が見えた」


 モチが向いた方向にはあるのはデリングさんが営む鍛冶工房がある。

 多分、依頼になるだろうな……在庫とかあればいいんだけど、作ってる人なんているんだろうか。

 カン、カンと鉄を叩く甲高い音が聞こえてくる店内に顔を出すと、誰もが皆、真っ赤に焼けた鉄と向き合っていた。


「すみませーん!」

「うん? あぁ! お前は……えーっと」

「クラインです!」


 近くで弟子らしき人が鉄を打つのを見ていたデリングさんが振り返った。

 名前を思い出せなかったのか、ばつが悪そうな顔で後頭部を掻いている。


「すまんな、名前を覚えるのが苦手でな」

「でも顔覚えててくれたじゃないですか。嬉しいです」

「そうか? はは、それよりどうした。鉄鉱石、持ってきてくれたのか?」


 嬉しそうな顔をして俺の後ろを見るが、残念ながら今日は持ってきてないんです。

 その代わり、お買い物だ。


「や、今日は欲しい物がありまして」

「なんだ。何でも作ってやるぞ」

「実は……」


 俺はスキレットとダッチオーブンを拙い言語能力でどうにかこうにか伝える。

 鋳金はスッと伝わったのでそこからは割とスムーズだった。

 が、やはり鋳型を作る為には形状を話さなくてはならない。

 そこが難しかった。


「ですからこう、厚めで、底が浅いのがスキレットで……」

「うーん……おいクライン、描いてみろ!」

「へ?」


 結果、俺は設計図から書き始めることになってしまった。

 そんなもん書いたことがないから何となくで書いていくことにした。

 するとデリングさんは割る前の薪用丸太を持ってきて手早く斧でざっくりとした形を作ってみせてくれた。


「取っ手のところは折れちまったけど、くっつけたらこんな感じだろ?」

「そうですそうです! これ! あと蓋も……」

「分かってるって」


 見事な木製のスキレットの型が出来上がった。

 後はこれを基に鋳型を作ってくれるそうだ。

 ダッチオーブンの方もスキレットで大体仕組みが分かったそうなので、任せてくれとのことだった。


「耐久性のことを考えれば、あの厚みも納得できたな」

「さすがデリングさんです。よろしくお願いします!」

「おう、まぁ試作とかするからよ、1ヶ月は見てくれ」

「分かりました」


 今から1ヶ月というとちょうど収穫祭の後か……何事もなければ来れそうだな。

 料金に関しては出来上がってから調整してくれるとのことだ。

 たった1度の取引しかしてない俺だが、ここは今後の信頼の為に二つ返事で頷いた。


 それからデリングさんに厚手の手袋のことを少し話すと、お古でいいなら持ってけとのことだったで有難くいただくことにした。

 何度も縫い直して使うほどには古くはなく、多少擦り切れてはいるが穴も開いていない。

 サイズ感もちょうどいいので願ったり叶ったりだった。


「じゃあ革手袋代を」

「いいって、そんなので金取ってたら笑われちまう!」

「へへ、じゃあいただきますね」

「おう。じゃあまた来いよ、クライン!」

「はい!」


 しっかり名前も覚えてもらえた。

 調理器具の依頼もできたし革手袋もいただけた。

 正に言うことなしだ。


 デリングさんに手を振り、鍛冶屋を後にした俺とモチはちょうど正午の鐘を耳にした。


「鐘楼なんかあるんだな、ここ……そういえばちゃんと散策したことないな」


 ここには買い物にしか来てないからなぁ。

 モチも荷車引っ張ったままだし、あんまり歩かせるのも可愛そうだし。

 となるとただただ、散策する為だけに町に来る必要も出てくるが……嬉しいのか悲しいのか、そんな暇は殆どない。

 エルフの収穫祭も目前に迫る中でお出掛けは難しいな。


「ケイ達が言ってた収穫祭が再来週……だよな」


 そろそろ準備とかした方がいいよな。

 究極魔法を使ってもらうお願いをしに行く訳だし……。

 うーん、この町で何か良い物があればいいんだが。


「雑貨屋とか見てみるか、モチ」

「にゃあん」


 食料とかでもいいかもしれないけれど、好き嫌いとか宗教的なアレとかあるかもだし、何か可愛らしい贈り物とかしてみよう。

 確かエルフの長老であるコルタナは女性と聞いたことがある。

 実際に目にしたことはないし、何かの資料で読んだだけだ。

 でもまぁ女性は可愛い物嫌いじゃないだろうしな。

 あ、可愛いからってモチを寄越せとか言われたら流石にキレちまうかもしれんな……。

 モチは世界一可愛いからな……うーん、モチに匹敵するような可愛い物が雑貨屋にあるだろうか?

 となると可愛い路線は諦めて便利路線にするべきだろうか。

 雑貨屋にそんな、あまりにも便利な物があるだろうか?

 相手はエルフだぞ?


「まぁ……行くか。まだ午後ってほど時間経ってないし」


 ということでとりあえず時間潰しも兼ねて雑貨屋に向かうことにした。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

用済みだと未開の森に追放されたけど知ってる場所だった 紙風船 @kamifuuuuusen

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ