第13話 木を切るのは大変。

 モチが来てから生活は一変した。

 まず、食糧事情が劇的に改善されました。

 モチ様には足を向けて眠れません。

 というぐらいに、供給が増えたのだ。

 最初はシカやウサギといった哺乳類を狩ってくるばかりだったが、俺は野菜の重要性を説いた。

 恐れ多くもモチ様は栄養という概念を理解してくださり、後日、木の実やキノコといった肉以外の食料も配給してくださるようになった。


「モチ、このキノコ、食べられるのか……?」

「……」


 モチは何も言わない。

 俺は怖くて食えなかったので、試しにクラフトブックに仕舞ってみると、はっきりと【紅色毒キノコ】と表示された。


「モチ、キノコは危ないんだ。玄人でも見間違うことがあるから気を付けよう」

「……にゃあん」


 少し不服そうなモチだったが、それ以来紅色毒キノコは採ってこなくなった。

 その代わり、色んなキノコを採取してくるのでクラフトブックで調べて大丈夫なものだけを採取してもらうようにお願いしておいた。


 さて、俺はというと生活レベルを上げることに必死だった。

 クオリティー・オブ・ライフなんて言葉も聞いたような記憶があるし、生活の質というのは重要である。

 まず、家なのだが、これが実は最難関だった。


「まだまだクラフトレベルが上がらない……」


 鉄鉱石から作成したピッケルで鉄鉱石を掘り、炉で製錬して斧を作り、丸太や薪といった細々としたものをストックする。

 そしてストックした材料から何かを作る。

 これらは全部クラフトブックの成長に繋がる作業だ。

 正直、拾い集めることに関してはそれほど経験値が貯まるものではない。

 でもクラフトブックを使って何かを作るという行為がクラフトレベル上昇へと大きく貢献している。

 このクラフト作業が大事だった。

 正直、今は使わない物でもクラフトブックの中に入れておけば後々使い道も出てくる。

 お陰様でクラフトレベルも9まで上げることができた。

 5を越えてからは単純素材ではない製品を入れても分解されなくなったので、作成物をストックできるようにもなった。

 初期は使って入れて分解して、という高効率レベリングがエタデでは流行ったが、すぐに修正されたな。

 なんと自分で作ったものはクラフトレベルが4になるまでストックできなくなったのだ。

 だから俺のテントには作ったものが山積みになっていたのだが、これはすでに解消されている。

 そうなってでも作ることが大切なのだ。


 ひたすら作る。これがエタデでも現実でも大事な要素だった。


「集めて作った者だけが新しいレシピを解放できてたからな……俺も頑張らないとな」


 すべては家の為に!

 と、先程から言っているが、俺がどんな家を作ろうとしているかと言うと、簡単なものだ。

 雨風がしのげて、俺とモチが一緒に入れるサイズの家だ。

 エタデ本来のクラフトブックには様々なクラフトハウスがあったが、こちらのクラフトブックではどうなるか分からない。

 なにせ料理レシピが丸ごとなくなっていたのだから。

 これは俺にとっては大きな出来事だ。

 エタデと同じだと思って信頼していたクラフトブックに知らない要素がある。 

 それだけで少し不安な部分が出てくる。

 レシピに対する期待ができないというのは非常に心細かった。


「でもまぁ、できることをやるしかないよな」


 できることをやる。

 これは俺が親父殿に拾われてからずっと心に刻んでいた言葉だ。

 そもそもこれは母さんに言われた言葉だが、今となっては残った形見はこの言葉だけだった。

 俺は斧片手に森へと向かう。

 いつかはこの森も切り開きたい。

 山と少しの拓けた場所と川しかないのも淋しいし、何よりも狭い。

 これじゃあ日当たりも悪いし、じめじめとした空気はなくならない。


「さて、と」


 俺は切れ込みの入った木を見上げる。

 これは昨日から伐採を試みている木だ。

 倒れる方向に切れ込みを入れ、反対側から斧で叩く。

 知識はあっても上手くいかないのが現実で、この切れ込みを入れる作業だけで昨日は体力が尽きてしまった。

 今日こそはこいつを倒して丸太を手に入れたい。


「ふー……ふんっ!」


 呼吸を整え、気合い一発、斧を木へと叩き込んだ。

 コォン! という耳心地の良い音が森に響く。

 その清々しさとは裏腹に、俺はすでに額に汗を浮かべていた。

 叩いて、食いこんだ斧を引き抜いて、また叩く。

 この繰り返しだ。

 ひたすら無心で繰り返す。

 流れる汗を拭えば集中力が切れるからそのまま流した。


「ふんっ! ……あっ!」


 そうして何度も繰り返して叩いていると、木が軋む音がした。

 メキメキと鳴り始めた軋みはどんどん音を大きくしていって、やがて目で見て分かる程に木が傾いていく。

 慌てて斧を担いで距離を取る。

 周辺に危ないものはひとつもない。

 木はそのままゆっくりと傾いていき、切れ込みを入れた方向へと倒れていった。

 ドォォン! という地響き。

 飛んでいく鳥たち。

 寝転んだままこちらを見ているモチ。


「や、やったー! 倒した!」


 こんなに大変だとは思いもしなかった。

 ゲームだったら30回くらい叩けばこんな木、倒れていたから……。


「やっぱ現実はきちぃな……でも楽しい……!」


 この達成感はゲームでは味わえないだろうな。

 疲れ果て、座り込む俺の隣にモチがやってきて寝転ぶ。

 もたれかかって休めと、顔が言っていた。


「ありがとう、モチ」

「ふん」


 鼻を鳴らすだけの返事。

 けれどそれは俺にとって、とても優しい返事だった。


 モチに寄りかかって休んだ後、切り倒した丸太をクラフトブックに仕舞った。

 どうやったかと言うと、丸太の隣にクラフトブックを置いてモチに転がしてもらった。

 さすが白猫竜。膂力は人間以上だった。

 というかモチならこんな木くらい薙ぎ倒せるのでは……いやいや、俺が頑張らないと!

 とはいえ俺だけの力じゃちょっと大変だったので甘えさせてもらいました。

 思えば今更過ぎる。俺の食生活はモチ様のお蔭で成り立っています。


「おぉ、【大きな丸太5】だって、モチ」

「……」

「この調子で集めていけば小屋も作れそうだ……」




 それから一週間、ひたすら伐採を続けた。

 2日掛かっていた作業も、コツを掴んでからは1日で出来るようになった。

 その結果、合計で30本の大きな丸太を集めることができた。

 クラフトレベルも10になり、無事に小屋のレシピも開放された。

 丸太はもう十分。あとはもう少し材料を集めれば小屋の作成に取り掛かれそうだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る