第12話 ひとつ、思い出せたよ。

 俺の心が落ち着くまで白猫竜はずっと傍にいてくれた。

 思わず頭をギュッと抱き締めてしまったが、全然嫌な顔をしなかった白猫竜に、俺は確かな絆を感じていた。


「ありがとう、いてくれて嬉しかった」


 でもこの子はモンスターで、俺は人間だ。

 ずっと一緒というわけにはいかない。

 今度こそお別れだ。


「これ、大事にするよ。元気でな……」


 アクアサファイアを抱えて立ち上がった俺は、最後に白猫竜を撫でた。

 そっと伸ばした手を白猫竜の頬に添え、優しく撫でてやる。

 すると白猫竜は気持ち良さそうに目を閉じて俺の手に頬ずりをしてくれた。

 本当のことを言うと、離れたくなかった。

 このとても人間思いのモンスターとずっと一緒にいたかった。

 それでも別れる判断は間違ってないと思う。

 俺と一緒にいると、人間慣れしていつか誰かに捕まってしまうかもしれない。

 こんな珍しいモンスターだ。いくらでも金になるはずだ。


「……じゃあな」


 名残惜しいが本当にお別れだ。

 俺の為にも。この子の為にも。

 川の流れに沿って俺は歩き始めた。

 先程も言ったが、北方から南方へと流れるこの川は大きくカーブを描いているが山が接点になっている。

 この川を歩けば家に着くのだ。

 だから俺は川に沿って歩き始めたのだが……。


「……」

「……」


 ずっと白猫竜がついてくるんだが。


「なぁ、お別れだ。ついてきちゃ駄目なんだよ」

「……」


 白猫竜は何も言わない。

 というか、そっぽを向いて聞こえないふりをしている。

 こ、こいつ……!

 俺の気持ちとか、そういうの全部無視してついてくる気だ!

 俺は前へ向き直り、歩き出す。

 すると白猫竜もぴったりとついてきた。


「……」

「……」


 ぴたりと止まると白猫竜も止まる。

 急に走り出すと白猫竜も走ってついてきた。


「ぜぇ、ぜぇ……あぁ、着いちゃった……」


 そんなことをしている内にあっという間に山に到着してしまった。

 テントと消えた焚火と炉。

 変わりのない俺の生活圏に白猫竜がいる。

 もうこれ以上は無理だ。

 この子はここに住むことを決めたようだ。

 すんすん、と匂いを嗅ぎながら周囲を散策し、多分、俺の匂いが一番残ってるテントの傍だからだろうか、そこに寝そべった。


「一緒に暮らすなら、名前がないとな……」


 名前をつけるとなると、いよいよ離れられなくなるが、もうここまで来たんだ。

 一蓮托生だ。

 俺はこいつの為に頑張る。頑張って生きると決めた。


「……モチ。モチって呼んでいいか?」

「……」


 この名前を思いついたのは、思い出したからだ。

 俺はエタデ以外、生まれる前の俺のことを思い出せない。

 でも、一つだけエタデ以外のことを思い出せた。

 それは飼い猫のモチのことだ。

 あんまり鳴かない代わりに行動で表現してくれる可愛い女の子で、ちょうどこの白猫竜と同じ白い長毛で青い目をしていた。

 初めて家に来た日、胡坐をかいた俺の膝の上でお餅みたいにぺちゃんと溶けていたのが可愛くてモチって名付けたんだ……。

 この世界にお餅があるかは分からないけれど、さっきの撫でられていた顔はお餅みたいに蕩けていたし、モチそっくりの顔だった。


「モチ、これからよろしくな」

「にゃあん」

「初めて声、聞けたな」


 それが嬉しくてついつい撫でてしまう。

 この子がネコで、ドラゴンで、レアモンスターで、でもそんなことは一切関係なくて。

 ただただ、モチは俺の家族となってくれたのだと、それが俺はとても嬉しかった。


「さて、食い扶持が増えたからな。もっともっと頑張らないと。モチの家も用意しなきゃな!」


 なんて意気込んでいた俺だったが……。



             □   □   □   □



「モチ! また捕ってきたのか!?」

「ふんす……」

「ドヤ顔するなぁ!」


 モチは驚く程に狩人だった。

 モチの為にも食料をいっぱい捕らなきゃ(主に魚だが)と思っていた俺だったが、モチは毎日のようにウサギやシカといった動物を狩っては持って帰ってきた。

 正直、もう食べきれない程に溢れかえっていた。

 大慌てで血抜きをする為に獲物を川に沈めるのだって何回もした。

 肉中心過ぎる生活だが、モチのお蔭で食生活は安定してしまった。


「もう暫くはいいから、な?」

「……」

「また聞こえないふりする!」


 それともう一つ変わったことがある。

 というか、分かったことがある。

 俺は食べきれない動物をクラフトブックにストックしたのだが、料理レシピは解放されなかった。

 数が問題なのか、加工状態の問題なのかは分からない。

 けれど一つも解放されないというのはおかしい。

 多分だが、このクラフトブックには料理というレシピは存在しないのだと思う。

 確かに考えてみればそうだ。

 料理が調理器具の前でしかできないなんてのは現実ではありえない話だ。

 ぶっちゃけ、焚火の中に突っ込んでしまえば『丸焼き』という料理は完成してしまう。

 それすらレシピにないということは、存在しないということだ。


「クラフトブックはエタデの根幹……ゲームの力。でもここは現実で、クラフトブックはスキルという形で存在してる。現実とゲームの狭間の力、か……」


 ゲーム世界と現実、どう折り合いをつけるのだろうとはずっと考えていたことだった。

 いっそ、ここが全部ゲームの世界だったら良かったと思えるくらいに複雑な問題だった。

 でもここは確実に、完璧に、現実だ。

 俺が生まれて感じた喜びや悲しみや痛みはゲームとは思えない程にリアル過ぎた。


「クラフトブック、過信し過ぎるのは危ないかもな」


 それでも便利な力であることは変わりない。

 ただ、あのレシピを解放すればとか、これがあればあのレシピが解放されるのに、なんて期待はあまりしない方が身の為だと思った。


「まずは日々を生きる、だな。モチ」

「にゃあん」

「やっぱ聞こえてるじゃねぇか」

「……」


 食は一先ず安定した。次は住だ。それが落ち着いたら衣だな……。

 それも落ち着いたら食の改善だ。野菜も食べたい。

 町にも行かないとな……モチのこと、どうしよう。


「あぁ、やることは沢山。考えることもいっぱい。毎日が楽しくて仕方ない!」


 とりあえず、焼けた肉を食べよう。

 味気のない肉だけれど、モチが狩ってくれたシカは無限に食べられると思えるほどに、美味しかった。

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