第22話 冒険者達の歓迎。

 人の声というのがこれほどまでに嬉しく思えたのは久しぶりだった。

 もしかして自分以外の人間は全員消えてしまったんじゃないかって、不安に思う朝もあった。

 けれどそんなことは一切なかった。

 行き交う人、人、人。

 あまりにも多い人の数に眩暈がしそうだった。

 そして人々の視線が全てこちらに向いているということに膝が震えた。


「……」

「あ、うん、そうだな。行こう」


 ちょっとビビッて立ち止まっていたらモチが額で背中を押してきた。

 早く行こうって目で言ってる。

 モチに促されて大通りを進む。

 奇異の目はずっと続いていたが、引き留められることもなくセルゲイさんに教えてもらった通りに進み、冒険者組合まで辿り着くことができた。


「でかいな……」


 見上げた白い建物はエオニスの屋敷と同じくらいの高さだった。

 あの家程横幅はないけど、それでも十分な広さは確保されている。

 開けっ放しの扉から見える内部は賑わっているようだ。


「よし、行くぞモチ」

「にゃあん」


 1人だったら回れ右していたと思う。

 でもモチがいてくれたお蔭で俺は中に入ることができた。


「……っ」


 先程以上の視線が突き刺さった。

 奇異の目とはまた違う、刺すような視線だ。

 敵意と言ってもいい。

 それでも俺はモチに背中を押されたので、前に進めた。

 それに、思えば直接的に攻撃をしてきたエオニス家の指南役に比べれば問題なかった。

 だって結局、見てるだけだからな。


「すみません、登録したいのですが」

「はい~……はい!?」


 此方に背を向けて談笑していた受付の方に声を掛ける。

 なんとなしに振り返ると、そこには子供の身長ほどの体高を持った猫竜。

 そりゃ驚くよね……申し訳ない。


「この子の登録も一緒に」


 なので、害はないよと撫でてやると気持ち良さそうに目を細めるモチ。

 その様子を見た受付さんも拍子抜けのような顔をしていた。


「わ、わかりました。えーっと、ではこちらの書類に……」


 書類記入は滞りなく終わり、受付さんから小さな金属プレートを2枚受け取った。

 1枚は僕の名前が書かれた銅色のプレート。

 もう1枚はモチの名前が書かれた紫色のプレートだった。


「これらのプレートは冒険者としてのクラインさんとモチさんの身分を証明するものなので、無くさないようにお願いします」

「わかりました」


 僕のプレートには穴が1つ空いている。

 紐でも通して首から下げるも良し、手首に縛るも良しということだろう。

 対してモチのプレートは2つ開いている。

 恐らく革にピンで打ち込んで首輪にとのことだろうが……モチは嫌がりそうだな。

 実は鞍を付けるだけでも結構嫌がっていた。

 その鞍に打ち込んでもいいが、耐久値があるからいずれ壊れるし……これも僕がぶらさげるとしよう。


「以上で登録は終わりです。ではこの冊子を」

「これは?」

「冒険者としてのルールが書かれてます。しっかり読んでくださいね」

「分かりました。丁寧にありがとうございました」

「いえいえ! また何か分からないことがあったらいつでも来てください! モチちゃんまたね……!」


 最後の小声の挨拶にモチはふん、と鼻を鳴らして塩対応。

 それでも嬉しかったのか、受付さんはきゃはーっと嬉しそうに笑っていた。


 しかし冒険者のルールか。

 冒険者として活動するつもりは全然ないのだが、まったく活動していなかったら資格剥奪とか書いてあったら凄く怖い。

 あとでちゃんと読んでおこう。

 冒険者という設定はエタデにもあった。

 しかしそれは本当に設定くらいの話で、ゲームの進行には大きく関与してこなかったから未知の部分が多い。


「おい」


 だからこういった人との関わり合いも、未知の部分だった。


「なんでしょう?」

「見たところいいとこのぼっちゃん風だが……その汚れ具合、なかなか修羅場をくぐってきたみたいだな」

「……ありがとうございます」


 確かに服は良い物ではあるが、この擦り切れているのは森で生活してたからだ。

 修羅場は逆に森以外で過ごしてきた。

 ただ、否定するのもややこしい話になりそうなので素直に礼だけ言っておいた。


「そこの猫竜とのコンビか。珍しい組み合わせだな」

「まぁ、幼い頃から共に育ったので」

「ふぅん……」


 やたらと情報を抜こうとしてくるこの男、いったい何者なのだろう?

 見たところ、それなりに腕の立つ人間であるような気がする。

 この突き刺さるような視線の中、代表して俺に声を掛けているのだから周りからの信頼とか、責任感みたいなのもあるだろう。

 話している感じも嫌な気はしない。

 俺を下に見るだとか、モチを侮るようなことも一切ない。


「ま、何か手助けしてほしいことがあったら言ってくれや。俺の名前を出せばまず理不尽にいびられることもない」

「えっと、お名前聞いてもいいですか?」

「あぁ。俺の名はレイニー・フォン・クラウゼルだ。レニって呼ばれてるよ」

「クラウゼル……もしかして」


 この領を治めているのはクラウゼル公爵だ。

 もしかしなくても、彼は公爵家の人間だった。


「ははっ、勉強が嫌で飛び出した怠け者の三男坊さ!」


 そこまでが自己紹介のセットなのか、周りから笑いと拍手と野次が飛んできた。

 しんと静まり返っていた場が一気に賑やかになる様に、思わず笑みが零れてしまった。


「おっ、緊張、解けたみたいだな?」

「もうずっと緊張しっぱなしでしたから……」

「その敬語も取れると嬉しいんだがな?」


 いじわるな笑みを浮かべるレニに、これ以上壁を用意することは難しかった。

 俺は手を差し出し、自己紹介をした。


「俺はクライン……だ。こっちは猫竜のモチ。よろしくね、レニ」

「あぁ、よろしくな!」


 ギュッと握ってくれたレニの手は大きくて、ゴツゴツしていて、傷だらけで。

 これが冒険者の手かと、何故か感動を覚えてしまった。


「クラインはアンスバッハに長く滞在する予定か?」

「いや、拠点は別にあるんだ。ここへは買い物に」

「そうか。なら忙しいな。引き留めて悪かった」

「いいや、話せてとても良かった。また見掛けたら声掛けてよ」

「もちろんだとも!」


 本心から嬉しかった。

 こんな風に気さくに話せる年上の人って今までいなかったから。

 できればもっと話したかったが、俺も俺でやるべきことが多い。

 レニに手を振り、冒険者ギルドを後にする。


「さぁモチ、忙しいのはこれからだぞ」

「……」

「重い物持たせてごめんな。さっさとその荷物を売らないとな」


 モチには森からずっと、大きな荷物をぶら下げさせていた。

 中身は鉄鉱石や魔宝石だ。

 クラフトブックに仕舞っても良かったのだが、取り出す様子を誰かに見られたら問題になりそうだったからモチには少し我慢してもらっていた。

 さっさとこれを売り飛ばすのが最優先だ。

 ということで俺はまずは鉄鉱石を売る為の飛び込み営業をする為のお店を探すことにした。

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