第27話 買い物、終わり。
薄暗い店内は少しひんやりとしていた。
「見た目は何でもないように見えるけれど、商品の保存状態を良くする為にかなりお金使ったのよ」
「人も過ごしやすくていいですね」
「それもあるわね。暑いのは嫌いなの」
確かに着ている衣装も布が薄そうだ。
露出が少ないからといって暑そうではない。
「それでスパイスが欲しいのよね」
「あ、はい。塩は絶対欲しいです。あと胡椒もあると嬉しいです。他にも辛味も欲しいですね」
「塩は隣国から持ってこれるから比較的入手しやすい分、安いわ。でもあとの2つは高いわよ」
ということはやはりこの辺りにはそういったスパイスは存在しないのだろう。
できればスケアグロウ大森林周辺で入手できればよかったのだが、植生が違うとなると難しいかもしれない。
でも確かあの森にもスパイス類は採れたよな……いや、あれは入手法が少し特殊だったから望みは薄いか。
「お金はあります。と言っても安い方が助かるんですけど」
「まぁそうよね。じゃあ胡椒と唐辛子。これは壺1つ満杯まで入れて金貨10枚貰うわ」
「10ですか……」
ですか……とか言ってるが内心は目ん玉が飛び出そうなくらい驚いていた。
10はちょっと高すぎる。
値切るしかない。
「6枚になりませんか?」
「ちょっと世間を知らなすぎるわね、坊や」
「これも勉強ということでお願いします!」
土下座する勢いで頭を下げる。
店長からはもううなじと背中しか見えてないだろう。
俺からは足の爪しか見えない。
「じゃあ、あの猫竜の毛を数本もらえるなら6枚でもいいわ」
「それはできませんモチは毛一本一本の根元から先端まで可愛さが詰まってますからそれが損なわれるのは大きな損害です」
「急な早口は怖いわよ」
「……それ以外の条件、ないですかね」
店長さんは細長い人差し指をあごに添えて考える素振りを見せる。
そのまましばらく経ち、店長が口を開いた。
「では何か商品になりそうなスパイスかハーブを見つけてくれたら高値で買い取るわ。それならどう? 森に住んでるんでしょう?」
「少し時間が掛かるかもしれませんけど、それでも大丈夫ですか?」
「えぇ。待つのは嫌いじゃないわ」
そう、実は森にもスパイスやハーブはあるのだ。
だが入手方法が特殊で、手に入れるとなると本当に時間が掛かる。
エタデのように上手くいくとは限らないからな……。
だがこれもいつかはやらなきゃいけないことの内の1つだったから、やるしかない。
「分かりました。見つけたら持ってきます」
「交渉成立ね」
「じゃあ金貨6枚で」
「買い取るから相殺でしょ?」
「それはそれ、これはこれですよ!」
結局交渉は長引いて、結果的に金貨7枚で手打ちとなった。
合わせて金貨6枚も値下げできたのはでかい。
塩、胡椒、唐辛子、全部合わせて金貨18枚での購入となった。
塩は壺満杯に入って金貨4枚だった。
あまりにも高い出費だが、覚悟していたことだ。
でも本来は24枚だったと思うと、不思議と安く感じてしまうね。
「別に見つからなくても立ち寄ってくれて構わないからね」
「えぇ、通わせてもらいます。スパイスも見つけますから」
「助かるわ。じゃあまた来なさいね」
店長が手を振り、店の中へと戻っていく。
残ったのは俺とモチとイリスと各種スパイス達だ。
「良い買い物できた?」
「あぁ、最高だよ」
「他に買う物ある?」
「うーん……」
腕を組んで考える。
大体の日用品は先程の雑貨屋さんで買えてしまった。
現在買ったのは荷車と日用品、食器類、スパイス保存用の壺……調理器具も買ったな。
それにスパイス屋に行く途中で食材も少し買った。
クラフトブックでも作れる物は多いが、耐久値の関係で買った方がいいものが多くてついつい買ってしまった。
もう荷車は山のようになっている。
まるでどこかから引っ越してきたみたいだ。
「まぁ、何かあったらまた買いにくればいいやって感じかな」
「じゃあ森に出発だね!」
「本当についてくるの? 来るなら寝床とか作るけど……」
「寝床ってそんな簡単に作れるものなんだ!?」
身の上は話したが、クラフトブックのことはまだ話していなかった。
だからイリスは俺が超手先の器用なサバイバーだと思っているだろう。
本当についてくるのであれば、ちゃんと話さないといけないな……。
「とりあえず、町を出てからだな」
「了解~」
ひとまず話すには周りに人が多すぎるので、俺たちは町の門へと向かうことにした。
□ □ □ □
入ってきた時と同じ門だが、日の光の当たり方でこうも景色が変わるとは思わなかった。
過度な装飾はないが、多少の凹凸も沈みつつある太陽の角度で影を作る。
その明るい部分と暗い部分の差がとても美しく、いつまでも見ていたくなる。
しかし日が暮れると門は閉ざされ、夜間は出ることが難しくなる。
急がなければいけないのが口惜しい。
「……お、凄い荷物だな」
俺の接近に気付いたのは昼間、良い仕事をしていた門番の男だ。
俺よりも少し年上くらいだろうか。
改めて見ると顔が整った格好良い奴だった。
「これ、仮の身分証です。セルゲイさんが返しといてくれって」
「じゃあ無事に身分証作れたんだな。これからは自由に出入りできるぞ」
「お世話になりました」
モチの可愛さを改めて布教するには時間を置くことも大事だ。
ここは大人しく引き下がって後日、改めてモチの魅力を伝えるとしよう。
「これから顔を合わすことになりそうだな。俺はダインだ、よろしくな」
「クラインです。じゃあまた」
「おう、もうすぐ日が暮れるから、気を付けてな。……つってもその相棒がいるなら安心か。じゃあな!」
モチの強さは認めているようだ。
あとは可愛さだけだ。
俺の企みに気付かないダインは笑顔で手を振ってくれている。
それに俺も笑顔で手を振り返す。
いつか必ずダインをモチ沼に落とすことを決意しながら。
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