第39話 見えた光。

「土魔法を使う人にお願いしようと思うんだ」

「土魔法かぁ……」


 イリスの反応はやや渋めのものだった。

 というのも、土魔法を使う人間は少ない。

 火や水なら引く手数多だが、土魔法はそんなに選ばれない。

 俺は好きなんだけどね、俺は。

 でもイリスがいる冒険者界隈では不人気なのだ。

 だから知らないのだ。

 土魔法を極めた者が、どんな魔法を使うのかを。


「土魔法でも秘中の奥義である【風化楼閣】があれば、あの山は消せるんだ」

「風化楼閣?」


 風化楼閣とは恐ろしい魔法だ。

 石や岩、土といった大地由来の物を全て砂に変換してしまう魔法だ。

 この魔法を使える者は巨大な城だって砂に変えてしまえる。

 どんなに防御を固めて籠城しようとも意味がなくなってしまうのだ。

 しかも砂化するものは意識して選択することができる。

 例えば土だけを砂化してしまう、とかだ。

 それをイリスに説明すると先程の反応とは違い、その表情は驚愕の色に染まっていた。


「なにそれ、めちゃくちゃやばいじゃん……」

「そうなんだよ。土魔法はやばいんだよ」

「……でもそんな魔法が使える人が本当にいるの?」

「んー……いるっちゃあいるんだよね」


 しかしそれはエタデの世界に存在した人物だ。

 名前は【コルタナ】。

 その人物はエタデ内で起きた戦争を鎮圧させた魔法使いだ。

 突如現れて双方の陣地である城塞を砂へと変え、手にした剣や身に着けた鎧も全て砂へと変えてしまった。

 コルタナは石積みの城も鍛え上げた金属も全て砂へと変えて強制的に戦争を終わらせたのだ。

 ……というゲーム上のバックストーリーがあるのだが、その人物がこの世界にいるとは限らない。

 だが希望はある。

 何故ならばコルタナはエルフ族の長老だったのだ。

 そしてエルフ族はスケアグロウ大森林の最奥に住んでいる。


「エルフ族なんて、生きてる間に会えたら奇跡みたいな存在だよ?」

「そのエルフ族がこのスケアグロウ大森林の中心に隠れ里を作ってるって話だよ」

「どこからの情報?」

「……どこだったっけな。エオニス家で聞いたんだっけかな」


 嘘です。


「エルフ族の隠れ里には結界が張られてて、近付いた者は気付かない間に転移させられるらしい。南から来たのにいつの間にか北西のどこかにいるとか、そういう結界」

「凄い魔法技術だね……でもそれじゃあ、会えなくない?」

「うん。そこでケイ達に頼んでみようかなって」


 彼らがエルフ族と繋がりがあるかどうかは分からない。

 だがこの森に住んでいる以上、その存在は知っているはずである。

 もし彼らに繋がりがあれば、出会える可能性は上がる。

 なくても、頑張れば会える。……かもしれない。


「でも会えたとしてもそんな凄い人がお願い聞いてくれるのかな? 言っちゃえばただこの山を崩してくださいってだけでしょ。相手には何のメリットもないよね」

「そこなんだよなぁぁ……」


 そう、本当に一番の問題はそこなのだ。

 戦争を終わらせた大英雄コルタナが、こんな捨て子のホームレスの願いを聞き届けてくれるとは思えない。

 何か交渉できる材料があればいいのだが……。


「まぁとにかくケイさん達に会ってみようよ」

「だな。とりあえず飯にするかぁ」


 重い腰を上げて外に出て料理をした。

 今日はイリスとモチが狩ってきたイノシシと、採ってきた山菜を使った肉野菜炒めだった。

 塩コショウというスパイスが一番引き立つメニューなので、とても美味しかったです。



             □   □   □   □



 翌日、早速俺とイリスの2人で元アルターゴブリンの棲み処へとやってきた。

 あの時転がしていたままのゴブリンの死体は見当たらない。

 肉食の動物が持っていったのだろう。

 そういった動物はモチの匂いが強く残る俺たちの拠点にはやってこないので見たことがない。

 吹き飛ばされた家屋の残骸もそのままだ。

 いずれ土に返っていくのだろう。

 クラフトブックに入れたいという気持ちは全然湧かなかった。


「ここで待ってたら来てくれるはずだよ」

「ちょっと散策してくるよ~」

「いてら~」


 俺が離れる訳にもいかないのでイリスは見送ることにした。


「……暇だな」


 その場に腰を下ろして見上げる空は長閑そのものだった。

 前もこうして空を眺めていたが、こういう時間は嫌いじゃない。

 あれもしなきゃ、これもしなきゃと動き回るのも好きだが、この何もしないをする時間というのも、俺の中で大事な一部だ。

 あの屋敷にいた頃はずっと切羽詰まったような日常だったから、こうして空を見上げることは剣でぶちのめされて倒れた時くらいだった。

 それが今はこうして腰を下ろして眺められる。

 これだけでもあの家を出て良かったと思える。

 まぁ実際は追い出されただけだけど。


「おーい、クライン!」

「あっ、ケイ!」


 空から視線を下ろし、声の方を見るとケイと何人かが手を振りながらこちらへ向かってくるのが見えた。

 立ち上がり、手を振り返すとお互いに笑顔が漏れる。

 本当に良い関係を築けたと思うよ。

 これも全部モチのお蔭だ。


「あれ、もう一人いたと思ったんだが」

「イリスは散策してる。本題は俺が持って来たんだ」

「そっか。んで、用事は?」


 俺は一度深呼吸をした。

 これから言うことが、どう転がっていくかまったく予想できないからだ。

 もしかしたらこの関係に亀裂が入ってしまうかもしれない。

 だがそれでも、俺は俺が安心して暮らせる場所を作る為に、この話をするしかなかった。


「エルフ族に会うことはできないかな?」

「……どこまで知ってる?」

「この森の中心に暮らしていることは知ってる。結界の中で。だが俺には会う方法がないんだ」

「だろうな。そう簡単に会えてしまっては結界の意味がないからな。知ってるなら隠すこともないが、そもそも会いたい理由は?」

「俺の家の前に小さな山があるのは知ってるとは思う。それが将来的に崩れてくる可能性を考えて先に崩したいんだ。その為にエルフ族の長老に土魔法の行使をお願いしたい」


 俺の話を静かに聞いていたケイ達。

 少しの間を置いてゆっくりと口を開いた。


「まず最初に、俺はお前の頼みを聞いてやりたい。だがそれを叶えられるかと聞かれたら俺は首を横に振るしかなくなる」

「やっぱり無理か?」

「そもそもエルフ族の里へと立ち入りができないんだ。あそこは1年に1回だけ、森の民を招いて【収穫祭】をするがそれ以外は一切の立ち入りができないようになってる」

「収穫祭か……」


 そういったイベントがエタデにあったかどうかは思い出せない。

 できればその収穫祭がまだ始まっていないことを祈りたいが……。


「ちなみに開催は来月だな」

「あぁ、それは本当に良かった……! 俺でも会えたらいいんだが、その、口利きとかしてもらえないかな?」

「家族の頼みだ。俺に任せろ!」


 伸ばした拳に、こちらも拳を当てて返す。

 本当に心強いよ、ケイ。

 感謝してもしきれない。


 さぁ、光は見えた。

 その光をこの手で掴めるかどうかは俺次第だ。

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