第77話 いざ、峻岳地帯へ。

 問題が解決したので一気に気が楽になった。


「何してるの?」

「魚がいるんだけど、捕れないかなーって」

「竿あるよ」


 クラフトブックから以前使った釣り竿を出してやる。

 簡素な竿だがまだ耐久値が残っている。


「餌は?」

「あー……そうだな。ミミズとかが多分あの辺に」


 クラフトブックから鋤を取り出して肩に担ぐ。

 先が四つ叉に分かれたこれなら掘り返しても傷付ける危険もないだろう。


 家の裏の畑予定地へとやってきた。

 モチが木を切り倒し、切り株を引っこ抜いた空き地だ。

 盛り上がった土や掘り返された穴は暇な時に慣らしたり埋めたりして平地になるようにしていた。

 そうしてしばらく経ち、土の表面はかなり乾燥が進んでいた。

 掘り起こされもせず、土もかぶっていないエリアはまるで雑草のように苔が覆っている。

 鋤の先で引っ搔いてみると、ブチブチと千切れていき、黒い湿った土が見えてくる。

 更にその下には白い、いかにも栄養分のなさそうな土が出てくる。

 だがそれは恐らく見た目だけだろう。

 鋤でガサガサとほじくると、その中からぶっといミミズが出てきた。


「やっぱ妙だよなぁ、この森」


 俺の微かな知識にはこういった地形は非常に栄養素が少なく、痩せた土地という認識だった。

 しかしアワの木が生えている。

 あの木は普通に栄養素が必要な木だ。

 となるとこれが緻密にコーディネートされただけの、普通の森であるのが分かる。


 これがスケアグロウ大森林なのだ。


 企画者の案を聞き、キービジュアルに沿うように組み立て、しかし全て現実のように作り込まず、ファンタジーな部分を残した森。

 最近はそういう部分に考えが至るようになってきた。

 というのも、あの超頭痛が原因だ。……と、俺は思っている。


「いつの日かクラフトブックのレベルを上限まで上げ、神器を作る……のが目標なのかもしれないな」


 そんな目標は俺が目指すところではないのだが、俺がこの世界に生まれた目的だとしたらやるべきなのだろう。

 それが達成できたところでどうなるか分からないし、達成できなかったらどうなるかも分からないが。

 俺の目標はあくまで『自分の国を作る』だ。

 これまで一貫して歩み続けているその目標の途中に、神器を作ることがあれば作ったっていい。

 どんな理由があろうとなかろうと、これは俺の人生だ。

 これまでの俺の人生があったからこそ、この目標なのだ。

 もう誰の手でも俺の人生を捻じ曲げることは許さない。


 なんてことを考えているうちに足元に何匹かのミミズが溜まってきた。

 それを片手で掴んでイリスのところへ持っていく。


「ほら、ミミズ」

「ありがと~」


 流石、ソロ冒険者はミミズごときでは動じない。

 長すぎるミミズはナイフで半分にして針につけて川へ放り込む姿はなかなかのものだ。


「捕りすぎるなよー」

「あーい」


 俺は鋤を持ったまま再び畑予定地まで戻ってきた。

 いや、正確には家の真裏だ。

 この辺りに前に言っていたミミズ養殖場を作ろうと思う。

 用意するのは長い木材を沢山と短い木材を少し。

 長い木材を並べて長方形の段にし、その上に同じ長さの木材で長辺を、そして短い木材で短辺として長方形の柵を作る。

 その中に土を入れ、捕ってきたミミズを入れ、完成だ。

 あとは適当に野菜や肉の切れ端を入れてあげれば元気に育ち、増えるだろう。


「元気に育てよ~、っと」


 とりあえず今は切れ端がないのでウサギ肉をぶつ切りにして入れるとしよう。

 自分が食べる訳じゃないから、雑にその場で切って浅く埋めておいた。


 立ち上がり、振り返って畑の予定地を眺める。

 区分けして植える為に大まかではあるが頭の中で組み立てておきたかったからだ。


「んー……レンガを埋めて道にしても良いな……一人分だしそんなに広くないからできそうだな……あとは……」


 穴掘ってレンガ置いて間に砂を詰めれば……うん、しっかりとした道になりそうだ。

 そうか、砂が必要だ。

 家の陰から出た先に見える山。

 やはりあれを砂に変えてもらう必要がある。

 その為には……うん、必ずやり遂げよう。


 山から視線を川へ流すと、ちょうど魚を釣り上げているところのイリスが見えた。

 でっぷりと太った良いシルバーフィッシュだ。

 その魚をモチが狙っている。

 針が引っ掛かると危ないから止めなきゃと、俺は走った。



             □   □   □   □



 翌朝、俺達は拠点を出発した。

 橋を渡り、もはや何度目か分からないくらい往復したアルターゴブリン拠点跡地への道を進む。

 あの拠点跡地ももう殆ど何も残っていない、ただの草原になりつつある。

 よし、今度からあの場所は『アルゴ草原』と名付けよう。

 アルター草原とゴブリン草原で迷ったので、両方を少しずつ取ってアルゴ草原になりました。

 アルゴ草原に留まり、休憩しているとこちらへやってくる気配が3つ。


「クライン!」

「ケイ、ごめんな。遅くなった」

「しゃーねぇよ。体調はどうだ?」

「バッチリだよ」

「おっしゃ。おぉ、久しぶりだな、イリス」

「おひさ~」


 イリスには昨日、釣った魚を食べながら今後の予定を話していた。

 エルフの里から戻り、熱で倒れた俺がケットに伝えたのは『10日後に出発』という内容だ。

 熱で倒れたりして大変だったが、今日が約束の10日目だ。

 戦闘用の装備と防寒具を持ったケイ達と無事に合流できた。

 俺はすっかり防寒具を買うことを忘れていたのだが、こっそりハッシュさんが用意してくれていたのを食料の詰まった鞄を開けて気付いた。

 食事の時に向かう先を伝えていたから察して入れてくれたのだろう。

 本当に何から何まで世話になりっぱなしである。

 今はクラフトブックの中に仕舞ってある。

 ちゃんと【防寒着1】と出ていたが、これって別の防寒着を入れた場合はどうなるのだろうか。

 実験欲が出てくるが、今はそれをギュッとどこかの奥底へと沈める。


「じゃあ行こっか!」


 俺がボーっとしてる間に自己紹介を終えたイリスがギュッと両手で拳を作る。


「目的地は北北東。峻岳地帯、ドルミナ山だ。ドルミナ山の手前に広がる湖沼地帯には灰爬族、山の麓には魔狼族が住んでいる。それぞれから近々の被害状況を聞いてから山に登る予定だ」


 ウーゴがケイの右腕らしいまとめを出してくれる。

 さぁ、出発だ。

 俺の予想通りであれば黒猫竜の元には小さな赤ちゃんがいるはずだ。

 できれば親共々助けたい。

 それが灰爬族、魔狼族の被害をなくすことになり、俺の目標へと繋がる。

 パン、と両の頬を叩いて気合いを入れた俺は先陣を切って一歩を踏み出した。

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