第76話 問題解決しました。

 翌朝、俺は空になっていた鞄に保存食を詰めていた。

 これは昨夜、ハッシュさんが集めてくれた物だ。

 ちゃんとお金を支払おうとしたのだが、断られてしまった。

 『子を思う一人の親として助けたいからね』と。

 本当にこの人には助けられてばかりだ。

 その思いに報いる為、俺は何としてでも黒猫竜を救わねばならない。

 モチの許可も得たしね。


「準備できた? クラインくん」


 そして昨日の話の流れからなーんかおかしいなぁ~って思っていたが、その違和感はここで無事に解消された。

 やはりこの女、ついてくる気満々である。


「あのな、これは俺の問題だからイリスはついて来なくていいんだぞ?」

「クラインくんの問題は私の問題でもあるからね。あそこに一緒に住んだ仲間だよ? 水臭いこと言うな!」

「まぁそうだよな。お前は何を言ってもついてくるもんな……分かってたことではあるけど、さっ……っと」


 リュックを背負い、玄関を出ると既に待機していたモチとリンデンバウム夫妻がこちらへ振り向いた。

 イリスはクレアさんの元へ駆け寄り、抱き着く。


「行ってくるね、お母さん」

「気を付けてね。お母さんがあげたやつ、ちゃんと持ってる?」

「肌身離さず持ってるよ」


 そういってイリスは腰に下げた剣とベルトで留めた弓に触れて持っているかを確認する。

 お母さんのおさがり、か。

 それが武器なのは少し変わっているが、羨ましいと純粋に思った。

 俺にはそういう物はないからな。


「お世話になりました。娘さんは絶対無事に帰しますので」

「あーあー、心配してないから大丈夫よ。いや、心配はいつもしてるのだけど、それと同じかそれ以上に信頼も信用もしているから」


 そう言ってニカッと笑うクレアさん。

 凄いなぁ、娘がこれから戦いに行くかもしれないってのにその胆力は凄い。

 まさに肝っ玉母ちゃんって感じだ。

 でもそれはただ単に肝が据わっているだけではなく、ちゃんと娘を理解した上でそういう対応になっているのだ。

 そう思うとイリスのこれまでのお人好しっぷりにも頷けた。

 いきなり森にまでやってくるなんてどんな奴だよと思った時もあったけど、こんな立派な親の元で育ったのならそれも頷けた。


「もし何か必要なものがあったらいつでも言いなさい。私が用意するからね」

「何から何までありがとうございます、ハッシュさん」


 さて、そろそろ出発だ。

 モチを撫でると喉を鳴らしながら立ち上がり、歩き始める。

 ハッシュさんとクレアさんに手を振り、久しぶりに三人並んで町を出た。



             □   □   □   □



 まさかイリスがついてくるとは思わなかったので一人用の鞍だったから、なんとかイリスを担いで搭乗し、大急ぎで森まで帰ってきた。


「うわー、久しぶりな気がする!」

「まぁ大体3週間ぶり、か? そんなに変わってないだろ?」

「そうだねぇ。でも戻ってこれて嬉しいよ~」


 この静かな拠点にイリスの声が響くと安心感すら覚える。

 閑静なのも良いが、賑やかなのもまた良し。

 早速荷物を片付けた俺は買ってきた塩を手に取る。

 それを運んで切り株のテーブルの上に置き、クラフトブックも取り出して適当に開いてテーブルの上に置いた。


「さて……どうなるかな」


 壺の蓋を取り、まずはひとつかみ、クラフトブックの上に撒いた。

 すると本のページに【塩30】と表示された。

 よしよし、いいぞ!

 次に壺を持って塩を流し込んでみる。

 するとストック量がどんどんと増えていった。

 手で直接入れてもストックされるし、壺を持って入れてもストックされるようだ。

 どうあっても開いた本に俺が入れるという作業をしたらストックされる。

 それがクラフトブックのルールとして固定されていると、改めて確認することができた。


「次は壺なんだが……もう一ついるなぁ」


 塩を入れた壺と、入れてない壺で変化が見たいので、俺は家の隅に置いてある空の壺を持ってきた。

 その往復の途中で意味もなく洗濯機を回すイリスと、それを覗き込むモチが見えた。

 久しぶりだしまぁ、遊ばせておこう。


「よっし、やってみるか」


 塩の入った壺を持ち上げる。

 もしこの壺がストックされなくてどこかへ消えてしまったら勿体ないので、塩は極限までクラフトブックに入れてある。

 最初に入れたひとつかみ程残した塩入りの壺をそっとクラフトブックの上に置いた。


「おっ」


 すると壺は吸い込まれるようにクラフトブックの中へ消え、【塩150】と【蓋付き壺中】表記された。

 それと同時に蓋付き壺のレシピも解放される。

 塩が増えた。

 壺も増えた。

 レシピも増えた。


「良かった~……別々に入ってくれて安心したぜ……」


 これが消えるならまだしも【塩入り壺】だなんて表記になったら大失敗だった。

 こうして持ってきた壺も入れて実験しなければならないところだ。

 そしてその壺まで消えたら……もう目も当てられない。

 まぁ、塩が入った時点でそうなるとは思っていなかったが。


「これで大変な思いをしてスパイス入りの壺を持って帰ってくる必要がなくなったな」


 例え塩を大きな壺と一緒に買っても【蓋付き壺大】と【塩】に分かれるから安心だ。

 だが注意しなければいけないのは、取り出す際は壺を先に出してその中に入るようにスパイスを取り出さなければならない。


 長い間放置してしまった問題が片付いた。

 ささっと解決できることでもなかったから凄く気分が良い。

 これなら買った物、貰った物、全部クラフトブックに入れられそうだ。

 クラフト品以外には耐久値は設定されないから、実質アイテムボックス化した瞬間だった。

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