第75話 イリスとの再会。
「えー、いいの!?」
「いいのって、くれって言ってただろ? 一番に選んだんだから」
「ありがとう!」
さっそく身に着けるのを見ているとクレアさんが俺の肩を叩いた。
「ありがとうね。この子の為に……高かったでしょう?」
「そんなでもなかったですよ。気にしないでください。……あ、イリスのご両親にもお土産持ってきたんですよ」
鞄から2つのエルフ像を取り出す。
精巧な作りの像だ。
飾るも良し、売るも良しな一品である。
「これは珍しいわね……エルフの像だなんて」
「ちょっとエルフの里行ってきたんで。あ、これ内緒でお願いします」
「言ったところで誰も信じないでしょうよ」
ため息を吐きながら首を横に振るクレアさん。
先程のイリスの一言の所為でお上品さが消え去ってます……。
しかしまぁこれで、長かったお土産配りも終わりだ。
気合い入れて買い込んで全部配り終えた今は清々しい気持ちだった。
宿でもとって一泊したいくらいの気持ちだ。
でも早く帰らないと……なんか忙しなくてやだなぁ。
「クラインくん、このあと暇?」
「いや、忙しい」
「えー」
露骨に不満な顔をするイリス。
俺だってゆっくりしたいが……したい、が……うーん……。
「ねー、ゆっくりしてこ?」
「う……」
「エルフの里での話も聞きたいし」
「私も聞きたいな~?」
イリスの誘惑にクレアさんまで乗っかってきた。
くそ、親子そっくりの上目遣い……。
「うちで食事でもしながらゆっくり聞きたいな~」
「そのまま泊まっていけば、明日は朝から動けるな~」
「いや、でも、帰んないと……」
「モチちゃんおいで~!」
「あ、狡いぞ!」
モチがイリスに連れられて家の方へと歩いて行ってしまった。
モチがいないと帰る頃には朝だ。
ならばもう今から帰っても明日帰っても一緒である。
盛大な溜息を吐いた俺はイリス親子の策略に落ちることを決めた。
□ □ □ □
お風呂までいただき、用意された服に着替えて食堂へ向かうとハッシュさん、クレアさん、イリスと全員が食卓についていた。
遅れてすみません、と頭を下げて末席について始まった食事はとても美味しく、楽しいものだった。
久しぶりに会ったハッシュさんも気さくで、とても居心地が良かった。
食事もそろそろ終わり。
最後に淹れてもらった紅茶をすすっているとイリスがジッと俺を見ていることに気付いた。
「どした?」
「まだ話してないこと、あるよね?」
「ないよ。多分、全部話した」
「そうかな?」
ジーっと俺を見つめ続けるイリス。
普段は前髪で少し隠れがちな目が、俺があげたヘアピンの所為でよく見える。
その視線があまりにも強すぎて、俺は足元に転がるモチの背を撫でた。
愛してやまない白い猫竜。
俺はその同族と一戦交えるかもしれない……その現実から目を逸らしたくて、撫でた。
「一つ、言ってないことがあって」
気付けば俺はコルタナに依頼された内容を話していた。
自分の考えが浅はかだったこと。
その結果、無理難題を押し付けられたこと。
しかしそれをどうにかできるかもしれないこと。
全部、話した。
「ってことがあったんだ。だから明日は保存食とか買って、明後日には出発すると思う」
「そっか……大変だね」
最後まで俺の話を聞いてくれたイリス。
「まぁ、これも勉強だね。いい機会だったと思うよ? 私はね」
「俺もそう思う。狭い世界で生きてきたからな……一気に視界が広がった気がする。広すぎて足元が見えない時もあるけど」
「それも人生だよ、クライン君。私も狭い視界で商売をしてきたが、妻と出会ったことで変わったことの方が多いからね」
ハッシュさんの言葉に頷く。
人との出会いというのは想像以上に影響が大きい。
凝り固まった思想や視野をぶち壊してくれる人というのは、良くも悪くも眩しい存在だ。
コルタナの性格が終わっていたとしても、だからと言って俺まで終わる必要はない。
学ぶべきところは学び、自分の力として取り込む。
そうやって人生の経験値というのは貯まっていくんじゃないかと、俺は思う。
「しかし黒猫竜が牛や鶏をね~。険しい山だから餌がないのかな?」
「それにしたって何か……何か引っ掛かるんだよなぁ」
と、これまで黙って話を聞いていたクレアさんがぽつりと呟いた。
「この時期だから、もしかしたら子供がいるかもね」
「子供?」
「繁殖期っていうのかな? 寒い冬の前に生まれて、生き残った強い個体を厳選するような本能のあるモンスターは多いよ」
それを聞いて俺の中でカチッとパズルが組み合わさるような音がした。
「そうか……そういうことか!」
「聞かせてもらえるかしら」
クレアさんに頷き返し、俺はこれまで考えていたこと、予想したことの結果を話す。
「多分ですけど、黒猫竜は雄です」
「というと?」
「母親がいないんです。だから牛を奪った」
『牛を数頭パクられたよ』というガガルガの言葉が引っ掛かっていた。
殺していないのだ。
餌であればその場で殺して食えばいい。
猫竜程の強いモンスターであれば、邪魔が入れば殺せばいい。
だが黒猫竜は殺さず奪い、逃げたのだ。
「乳牛ってこと!?」
「あぁ。母親の代わりにと奪ったんだろう。子供の元を長時間離れられないから鶏も生きたまま奪ってきた……ってところじゃないか?」
魔狼族が育ててるって聞いたからてっきり肉牛ばかりだと思い込んでいた。
肉食っぽいし。
でもちゃんとっていうのも変な話だが、乳牛も確かに育てていたのだ。
予想だけどね……でも。
「すべての辻褄が合うね……クライン君、それで君はどうするんだい?」
ハッシュさんがジッと俺の目を見る。
どう、とはつまり、その親を、子供を、どうするつもりかということだ。
俺はこの考えに至ってから答えはすぐに見つけていた。
「これは不幸な行き違いが招いた事故です」
或いは
そうすることでしか生きられなかった黒猫竜と、それ以外の生き方をしていた獣人族とのぶつかり合い。
しかしどちらも願うのは同じ命の営みだった。
「黒猫竜は説得します。可能であれば、俺の拠点に……もちろん、同居人が良ければの話ですけど」
撫でられるままに撫でられ、目を閉じていたモチが上体を起こした。
ジッと俺を見て、ドンと胸に頭突きをしてきた。
「決まりだね!」
バッと立ち上がるイリス。
今にも走り出しそうな勢いだ。
ストレッチもしてるし。
「流石に今からは行かないよ……」
「えー……」
「何時だと思ってるの。今日はもう寝なさい!」
「そうだぞ。明日、朝一番に行きなさい。保存食はお父さんとお母さんが用意しておくから」
「ホント!? ありがとうお父さん、お母さん! じゃあ寝るね! おやすみ!!」
そのまま扉をぶち破る勢いで食堂を飛び出していくイリス。
とてもじゃないがこれから寝る人間のテンションじゃなかった。
あれで寝れるのか?
クレアさんとハッシュさんが揃って溜息を吐いている。
まぁ心配するよな……。
「まったく、うちの子は……可愛いな」
「そうね、本当にその通り。なんて良い子なのかしら」
ただの親馬鹿だった。
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