第74話 土産の仕上げ。

 腹ごなしの散歩も兼ねて少し遠回りして観光しつつ、スパイス屋さんへとやってきた。

 初めてアンスバッハへやってきた時以来の来店に少し緊張していると、奥からサンダルを履いた店長さんが出てきた。


「あら……えーっと、そういえば名前聞いてなかったわね。森の人」

「クラインです」

「立派な名前ね。私はサルビアよ」

「はい、よろしくお願いします」

「こちらこそ」

「……」

「……」


 急な自己紹介で妙な空気感になってしまった。


「それで、今日はどんな御用かしら」

「あ、えっと、ちょっと遠出したのでそのお土産をと」


 実際、彼女宛に何かを選んだ訳ではない。

 が、実は風邪を引きながら少しハーブを育てていた。

 と言っても家の前に種芋を1つ埋めてクラフトブック製肥料と水を振り掛けただけのものだ。

 しかし見事にウコンは見事に育ってくれた。

 彼女にはこれが最良の土産となるだろうと思い、這う這うの体で頑張って育てたのだ。

 鞄のポケットから取り出したを彼女に手渡す。


「これはなぁに?」

「ウコンという植物から採れるスパイス、ターメリックです」

「見たことないわね……どう使うの?」

「えーっと、確か薄く切って乾燥させて、それを粉末状にするんだっけかな……効能としてはお酒を飲む前に摂取すると飲み過ぎても翌朝は体調が良かったりしますね。あとは料理とかにも使えます」

「凄いわね……!」


 店先ではしゃぐサルビアさんは普段は妖艶な雰囲気なのに今は同世代の子のような雰囲気だった。


「他にもないの?」

「あるにはあるんですけど、ほぼ種とかなんで育てないといけなくて」

「大変ね……私には育てる技術もないし」

「育ったら持ってきますよ。肥料もあるので生育早いですし」

「そう? なら待ってるわ。これで約束は達成ね?」


 初めてスパイスを買いに行った日にした交渉の話だ。

 商品になりそうなスパイスかハーブを見つけたら高値で買い取る。

 それがサルビアさんとした約束だった。

 ただまぁ、今回のこれはお土産だ。

 買い取ると言われても押し付けるつもりである。


「まだまだ沢山ありますよ。サルビアさんが見たことないスパイス」

「楽しみね。ちゃんと買い取らせてよ? あぁ、それで今日は買っていくの?」

「あー……じゃあ中くらいの壺で塩をください」

「待ってて」


 別に塩のストックはまだまだあったが、そろそろちゃんと実験するべきだと思って塩を購入した。

 すなわち、購入品のクラフトブックストック実験である。

 この間は自分の服を入れてみたところ、ネームドアイテムのような扱いになっていた。

 あれが特殊事例だったのは多分、そうだろうと思う。

 なので今回、ついにというかようやくというか、少し持ち物に余裕ができたので購入品を本に入れてみようと思った次第だ。


「じゃあまたね」

「はい、近いうちに」

「そんなすぐ育たないでしょう。ま、期待して待ってるわ」


 サルビアさんと別れ、壺をモチにぶら下げて町を行く。

 実験は町を出てからなのは当然として、次はゾーイさん達のところだ。

 一度行っただけだから道順が少し不安だったがなんとか辿り着くことができた。

 ちょっと時間が掛かったけれど。


「すみませーん」

「うん? お前さんは……クラインじゃったな」

「はい。以前油を買わせてもらったクラインです。お久しぶりです」


 運良くゾーイさんとメガロスさんが店内で座って談笑している場面に出会えた。

 忙しそうな時だったら不安だったけれど、これなら大丈夫そうだ。


「ちょっと遠出した時にお二人に合いそうな物を見つけたのでお土産にと思って」

「それはそれは、迷惑掛けたな」

「えっ、迷惑だなんてそんな」

「旅先でわざわざ儂らのことを考えてくれたんじゃろう? 今度から気にせんでええからな」


 そうは言うけれど俺は二人のことが気に入っているのだ。

 密かな推しと言っても過言ではない。

 鞄から取り出した大小2つのブレスレットを差し出す。

 革紐を編んだブレスレットの小さい方はゾーイさんに。

 同じく革紐で編まれた本来はベルトであるそれをメガロスさんに渡した。


「ブレスレットです。もし不必要だったら捨てても構いませんので」

「何を言う。わざわざ選んでくれたんじゃろう? ありがとうな。ほら、お前も礼を言わんか」

「うす。大事に、します」

「へへ……こちらこそありがとうございます」


 何だかこっちまで幸せになれる。

 そうか、推しに貢ぐってこんな気持ちなんだ……。

 いや、絶対違うと思うな。


「茶でも飲んでいくか?」

「いいんですか? いただきます」


 これまで駆け足ではあったがある程度のお土産は渡せたので少しくらい休んでも大丈夫だろう。

 ウィルナーさんのところで食事にしても良かったが時間の関係もあって断ってしまったからな……まぁ今度は食事って約束したし許してもらおう。


 しばらくお茶を飲み、普段どんな仕事をしているか等の雑談をした。

 カップが空になり、それからまた話し続けて、お客さんが来て休憩は終わりとなった。


「またな、クライン。話せてよかった」

「こちらこそです。また来ます。メガロスさんも、また」

「うす」


 少しの時間だったけど、とても有意義な話ができた。

 また今度来た時も少し話せたらなと思いつつも、時間が押している。

 イリスを見つけなくては。


「どーこいんだろうな、あいつ」

「にゃあん」

「ん? 分かるのか?」


 すんすん、と匂いを嗅ぐ仕草をするモチが歩き出す。

 向かう先は大通りの方だ。

 ……と、歩いていたモチが曲がり角の手前で止まった。


「ん? どした?」

「……」


 座ってジッと待つモチの様子に首を傾げていると、曲がり角から人が出てきた。

 危うくモチにぶつかりそうになったが、寸でのところで止まる。

 その人物こそ、イリスだった。


「モチちゃん!? わぁっ、久しぶり! なんでいるの!?」

「俺がいるからだよ……」

「クラインくんだ! 久しぶり! 元気にしてた!? なんでいるの!?」


 なるほど、イリスがこっちに向かって歩いていたからモチはここで待っていたということか。

 曲がり角を曲がるまで予測するとは……猫竜って凄いんだな。

 しかしそんなことよりもイリスの質問攻めがもう凄い。

 答える前から矢継ぎ早に質問が飛んでくるもんだから答える隙もなかった。

 そんなイリスの質問ガン攻めを制止したのは、同行していた女性だった。


「そんなに質問ばかりしたら困るでしょ?」

「あっ、そうだね、お母さん。ごめんね、クラインくん」

「お母さん、ですか?」


 イリスの後ろでやれやれといった風に困った笑みを浮かべていた女性は、てっきりイリスのお姉さんだと思っていた。

 お土産用意してなかったな~なんて思っていたからビックリした。

 こんな若い見た目でお母さんですか……。


「クレアと申します。クラインさんの話は娘から毎日聞かされてますよ」

「クラインです。どうせ碌な話ではないと思います。すみません」

「いえいえ、いつも楽しませてもらってます」

「あはは、お母さんよそ行きの顔だ」

「このっ……おほほほ」


 お上品な様子をからかうイリスの脳天を拳でぶん殴ろうとして俺の視線に気付いてそれを引っ込めるクレアさん。

 なんかいつか聞いたっけ……確かイリスのお母さんって元冒険者だったとかなんとか。

 飯食いながら聞いたような気がする。

 そんなお母さんと一緒にお買い物でもしてたのだろう。

 さて、お土産配りもこれで終わり。

 仕上げに取り掛かろう。

 一番世話になったイリスに髪飾りを渡す為、俺は鞄を下ろした。

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